メディアにあふれる空疎な語りを唾棄しこれみよがしの映像に眉をひそめる著者は、津波と原発による被災の現場に赴き、その風景の痛切さと、そこで生き残った人びとの肉感のこもった物語にであう。現場から立ち上がってくる言葉の鮮明で鋭いことよ。
「千年に一度といわれる三陸大災害を象徴する陸前高田の被災現場には、熱もなければ声もなかった。津波がすべてを攫っていった後には、人間の生きる気力を萎えさせ、言葉を無力化させる瓦礫の山しかなかった。ここには人間が生きたという痕跡さえなかった」
「誤解を恐れずに言えば、大津波は人の気持ちを高揚させ、饒舌にさせる。これに対して、放射能は人の気持ちを萎えさせ、無口にさせる。それが、福島の被災者が三陸の被災者のような物語をもてない理由のように思われた」
こうした現場リポートとともに、著者が既にものしている東電OL事件論や正力松太郎伝での取材・執筆経験をふまえつつ、相変わらずな東電の企業風土の問題を批判したり、正力が基礎を構築した戦後の原発システムの構造を歴史をさかのぼって論じたりもしており、興味津々である。
前半は刺激的な記述や語りにぐいぐいと引き込まれ、後半では日本社会の成り立ちについて反省しながら未来のこの国の人間のかたちについて熟慮を迫られる。250ページ弱の読み物ながら、文章の十分な厚みを感じることのできる作品である。