Would you like to see this page in English? Click here.

この商品をお持ちですか? マーケットプレイスに出品する
洋服と日本人―国民服というモード (広済堂ライブラリー)
 
イメージを拡大
 

洋服と日本人―国民服というモード (広済堂ライブラリー) [単行本]

井上 雅人
5つ星のうち 3.7  レビューをすべて見る (3件のカスタマーレビュー)

出品者からお求めいただけます。



キャンペーンおよび追加情報



商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

総動員体制下における着ることの自由と不自由。戦時中の国民服、標準服、もんぺといった軍国主義の産物が、日本人に洋服=近代産業社会的な身体をもたらしていった―。

内容(「MARC」データベースより)

日本人に洋服=近代産業社会的な身体をもたらしていったのは、国民服、標準服、もんぺといった軍国主義の産物であった。総動員体制下における着ることの自由と不自由を指し示す。

登録情報

  • 単行本: 268ページ
  • 出版社: 廣済堂出版 (2001/10)
  • ISBN-10: 4331850080
  • ISBN-13: 978-4331850084
  • 発売日: 2001/10
  • 商品の寸法: 17.8 x 12.2 x 2.2 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 3.7  レビューをすべて見る (3件のカスタマーレビュー)
  • Amazon ベストセラー商品ランキング: 本 - 705,553位 (本のベストセラーを見る)
  •  カタログ情報、または画像について報告

  • 目次を見る

この商品を見た後に買っているのは?


この商品につけられているタグ

 (詳細)
タグをクリックすると、タグがつけられた商品、タグをつけた人が表示されます。※タグは初期設定で公開になっています。詳しくはこちら
 

 

カスタマーレビュー

最も参考になったカスタマーレビュー
12 人中、8人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
形式:単行本
抽象的で哲学的な言い回しが多く、論点が整理されていない。1930〜1940年代の国民服と婦人標準服についての話を中心に書かれているのだが、国民服令の公布と施行のそれぞれの年月日、条文の原文、国民服令に付属していたはずの図といった基本的な情報が、この本に書かれていなかった。巻末に小さな字で国民服令の一部が書かれているだけ。政府が発表した国民服令のうち、付則・別表・図は、この本には一切掲載されていない。婦人標準服についても、政府がいつどんな内容を公表したのか、この本を読んでもわからない。婦人標準服の原文や図という基本的な情報が、この本に一切書かれていなかった。
このレビューは参考になりましたか?
4 人中、2人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By ふんふん トップ100レビュアー
形式:単行本
 「国民服」というトピック自体はマイナーだが、著者の問いかけはあくまで、「流行」や「着ること」の本質へと向けられている。服装文化論としても、日本人論としても、そして歴史的資料としても読みごたえのある一冊だ。

 「国民服」と言うと、ともすれば戦時中に政府によって着用を強制された「国民の制服」であるかのようにイメージされがちだが、それは間違いだ。「国民服令」という法律を政府が制定して、「国民服」のデザインが公的に決められ、それを普段着とすることが奨励されたのはたしかである。しかし着用の義務はなかったし、女子の国民服に当たる「婦人標準服」に関しては、そのデザインすらも漠然としか規定されていなかった。
 じつは「国民服令」が制定されたにもかかわらず、当初まったく国民の間に広まらなかったため、政府はあわてて国民服の宣伝・普及運動を始めなければならなかったぐらいなのだ。

 しかしこの国民服が、政府の強制によらずとも、昭和19年ごろには爆発的に普及・流行して、街を歩く男性の着衣は「国民服」一色となった。それこそ「国民の制服」といった様相を示していたのである。
 この「国民服」をめぐる不思議な社会現象をつうじて、「着ることの自由」とは何なのかを問う、それが本書の目的だ。

 国民服の制定と流行が歴史的な出来事として面白いのは、そこに、1.軍服の民間貯蔵と資源の節約を目指す「軍事的な要請」、2.衛生的で合理的な衣生活の実現を目指す「生活改善運動」、3.「洋服 vs 和服」の葛藤の乗り超えを目指す「デザイン運動」という3つの契機が交わっているからだ。
 国民服を見たことがある人なら、「こんな軍服めいた衣装のどこに『デザイン運動』などが入り込んでいるのか?」と疑問に思うのがふつうだろう。たしかに結果として、「新たな日本服」を目指したデザイン運動は、国民服のデザインにはまったく反映されていないと言っていい。国民服制定の主導権を最終的に陸軍が握ってしまい、しかも戦局が急速に悪化していったためだ。
 しかし国民服の制定にいたる長いプロセスのなかでは、じつは軍人、政治家、役人、文学者、デザイナー等々の各界のリーダーたちが、雑誌や会議を通じて、「日本人の服装はいかにあるべきか」について盛んに議論していたのである。

 そんな議論が戦時中に活発に行われたのは、明治以来の「洋装化」の流れの中で日本人が、「合理的だが外国の文化に過ぎない洋服」と、「日本固有の文化だがあまりに非合理的な和服」のあいだで、どちらを取るかという葛藤に苛まれてきたからだ。
 国民服の制定に最初から関わっていた厚生省代表の武島一義は、「現在のやうに外国の借着をして居ったのでは、白人の植民地のやうな感じを与えるし、又、和服では如何にも非能率的であり、非活動的である」から、「新しい日本服が生まれる」方向へ進むよう仕向けるべきであり、「新日本服は少なくとも、現在の各文明諸国の被服の水準を抜くやうな立派なもの」でなければならないと言っている(p.92)。
 国民服制定のモチベーションは、だいたい、この発言に集約されていると言っていいだろう。オメデタイ人たちだと言いたくもなるが、当時の日本人にとってはこれが切実な問題だったのである。

 当時の日本人の服装文化論争のなかで、個人的に興味深いと思ったのは、「もんぺ」の是非をめぐる議論だ。「もんぺ」というのは、下のURLの写真のような、ズボンのようでズボンでない、袴のようで袴でないはきもののことである。戦争末期にはほとんど全ての女性がはいていたが、もともとは東北地方の農民の作業着らしい。

 文化人の間では、「こんなものを女性にはかせるのは国民の恥辱だ」とか、「女性の脚が二股にわかれているのは非常に卑しい」とか、かなり辛辣な批判が飛び交った。もんぺに限らず、女性のパンツ・スタイル一般に対する嫌悪感が、一部に根強かったことがわかる。
 にもかかわらず、とくに空襲が激化してくると、「もんぺ」は一般の女性たちの間で爆発的に普及した。国民服の女性版といえる「婦人標準服」制定のための政府の会議は、「勝手に普及してしまった『もんぺ』をいかに食い止めるか」の議論で始まっているぐらいである。

 もんぺの大流行には、「自家裁縫主義」の運動が関わっている。「活動的で合理的な衣服を、それぞれの家庭で製作できるようにしよう」というのがその目的だった。もちろん活動的で合理的な衣服とは「洋服」のことを指しているのだが、当時は「洋服」といえば、大正時代の「モガ(モダン・ガール)」に象徴されるように「不良」のイメージがつきまとったし、洋服はシルエットが多様なため、「ぜいたくで無駄な着物」と考えられていた。
 そこで、「活動的」「洋服ではない」「自宅で製作できる」という条件を満たす着物として、「もんぺ」が大いに普及したわけだ。

 さて、この「自家裁縫主義」がもんぺの大流行を生み出したという事実、そしてそれは政府の思惑とは正反対の大流行だったという事実から、著者は重要な結論を導き出す。
 「自分で衣服を製作できる」という自由で柔軟な環境があったにもかかわらず、すべての女性がもんぺをはくという、「衣服における差異ゼロの状態」(p.5)が生み出されたのだ。ちなみに「国民服」も一応、自家裁縫可能な着物として考案されており、当時発売されていた雑誌には、その型紙が掲載されていたりもする。
 つまり、「自分で衣服を製作できる」という条件は、けっして「着ることの自由」に直結しはしない。いやむしろ、当時の日本人が現代の日本人よりも、衣服に関してより大きな「自由」を持っていたからこそ、わずか数年で「差異ゼロの状態」が実現したのである。

 戦時中とは対照的に、衣服をもっぱら「消費」するだけになってしまった現代人に向けて、著者は言う。
 「デザインし、つくり出す能力への過剰な期待や、それを保持する人への過剰な崇拝は、忌避しなければならない。日常生活の一環として、身近な能力として、デザインし、つくり出す行為はあらねばならない。そういった特殊な能力を、特定な人たちだけに預けてしまうことは、はなはだ危険なことでもある。現在の状況は、国民服や標準服が作られたときよりも、預けきってしまっている状況なのだ。」(p.251)

 しかしこの著者のメッセージの意味はわかりにくい。「もんぺ」の事例で明らかなように、「自分で服が作れれば良い」というわけではないからだ。
 著者による前書きをも参照しつつ、私なりに言い換えると、たぶんこういうことだろう。衣服によって自らの身体を「意味づける」という行為に、ある種の「豊かさ」が宿るとすれば、それは着る服を「選ぶ」こと自体によってでも、「作る」こと自体によってでもない。そして、「流行に身を預ける」ことによってでも、「流行に逆らう」ことによってでもないのである。

 「『流行に敏感であるということは美徳とされている』という言葉には、『それを批判的に消費する時に限って』という留保をつけなければならない。」(p.2)
 「われわれは流行に直接的に取り込まれることはなくとも、それとの距離をどう取っているかについて自覚的であることを要求され、他者に対しても要求しているという点において、流行と深いかかわりを持っている。」(p.4)

 では具体的にどうすれば良いのかについて、著者はひと言も述べていないし、おそらくその説明は不可能である。
 ともかく我々が本書から学ぶべきなのは、「着る」という行為が豊かな「意味」をもつのは、きわめて「微妙な」地点においてであるということだ。単純な型にはまった「流行論」、「個性論」、「自由論」、「お洒落論」を、急いで捨てることこそが必要なのである。
このレビューは参考になりましたか?
7 人中、3人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
形式:単行本
第二次大戦前の国民服の考案とモンペの流行を軸にまとめた面白い本です。

一章、二章では「国民服」「標準服」という制服の立案と議論について論じられ、三章、四章ではその実施が心ならずも「モンペ」という「自家生産」の衣服にとって替わられるという皮肉を描いています。
そこにおいては着物の非活動性が認識され、女性の身体観が変化し、戦後へ継続すると論じられています。戦後の洋装化は、この身体観の変化を前提としてあるという議論はなるほどと思わされました。

端的にアメリカ生活の憧れが戦後の洋装化の原動力だったとして、今までは語られがちだったわけですが、そこに一石を投じた書物だと思われます。

このレビューは参考になりましたか?
カスタマーレビューの検索
この商品のカスタマーレビューだけを検索する

クチコミ

クチコミは、商品やカテゴリー、トピックについて他のお客様と語り合う場です。お買いものに役立つ情報交換ができます。
この商品のクチコミ一覧
内容・タイトル 返答 最新の投稿
まだクチコミはありません

複数のお客様との意見交換を通じて、お買い物にお役立てください。
新しいクチコミを作成する
タイトル:
最初の投稿:
サインインが必要です
 

クチコミを検索
すべてのクチコミを検索
   


リストマニア


関連商品を探す


同じキーワードの商品を探す








この本は、それぞれの上記のテーマに含まれています。

フィードバック