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どこまでも基本動作を怠らずひと時ひと時の積み重ねを欠かさない。そういう人が、どの分野であれ、いつも最終的に優れた結果を残す。このことが正に当てはまるのがカリウスだった。彼は自分の足で常に戦場の地面の状況を把握し、他の数々の基本事項にも決して手を抜かなかった。この、こつこつと撃破される可能性を下げ、敵への効果的な攻撃法を考える冷静さが彼を終戦まで生き残らせたに違いない。
宮崎さんは、この「泥まみれの虎」と「ハンスの帰還」を脱稿して彼の中の戦車シーズンは終わったと感じたそうだが、その理由は「戦場での延々と続く様々な行動(例えば排泄)の繰り返しを表現できるメディアはない」ということだった。これは、宮崎さんが強く『日常』を描きたいと願っていることの表れなのだろう。実際、彼の細やかな人間観察には瞠目すべきものがある。これだけ重装甲ででかい大砲を積んでるゾ、というのを見るとその兵器自体以上にそれを操る人間に興味が行くのが宮崎さんなのだ。
「風の谷のナウシカ」を初めて読んだ時、宮崎氏の兵器や用兵の造詣の深さに驚かされました。そしてその辺が話に深みを加えているように感じました。この妄想ノートを読んでなるほどと感じた次第。芸が幅広く受け入れられたとしても、肥やしの部分の受けは限られるということでしょうか。これを味わえる境目は、ティーガーの正面に砲弾が当たってエンストする場面で、オオッと思えるかどうかなんてことかもしれません。何故エンジンが止まってしまうのか。そしてそれがいかに致命的な状況なのかわかります?まあ興味がないほうがふつうでしょう。
オットー・カリウス氏の「ティーガー戦車隊」の中で何故ナルヴァの部分を取り出したのか。雑談の部分を読んでも実は私にはあまりピンと来ませんでした。少なくとも宮崎氏が単に派手な戦い好きであれば、8両のティーガーを率いて、実質二両で大戦果を挙げたマリナーファの戦いを取り上げていたことでしょう。
1,350両ほどしか作られなかったティーガーは、いつでも一両で5から10両の敵戦車と対峙したと簡単に言われているようです。どの戦いをとっても想像を絶する世界であったことは間違いありません。何しろロシア軍だけでも大戦中に700万人は死んだことになっていますから。古戦場(!)のナルヴァを訪れたところの話は少々しみじみした気分になりました。
「ハンスの帰還」は肩の力が抜けているように見えつつ、これも趣味性の高い作品でしょう。これはモデルグラフィックスの掲載のための執筆という気分が出てるかのように思えます。
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