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波状言論S改―社会学・メタゲーム・自由
 
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波状言論S改―社会学・メタゲーム・自由 [単行本]

東 浩紀 , 北田 暁大 , 宮台 真司 , 大澤 真幸 , 鈴木 謙介
5つ星のうち 4.0  レビューをすべて見る (7件のカスタマーレビュー)
価格: ¥ 1,680 通常配送無料 詳細
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波状言論S改―社会学・メタゲーム・自由 + 網状言論F改―ポストモダン・オタク・セクシュアリティ
合計価格: ¥ 3,150

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商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

保守主義とラディカリズム、「あえて」とアイロニー、2ちゃんねるとSNS、弁証法と動物化、イデオロギーや世代の差異を越え、思想的課題を語りつくす。宮台真司、北田暁大、大澤真幸、鈴木謙介と東浩紀が、メタな理論とベタな現実の往復運動=批評を実践する、画期的鼎談集。

内容(「MARC」データベースより)

保守主義とラディカリズム、「あえて」とアイロニー、2ちゃんねるとSNS、弁証法と動物化…。イデオロギーや世代の差異を越え、思想的課題を語りつくした、メタな理論とベタな現実の往復運動=批評を実践する鼎談集。

登録情報

  • 単行本: 353ページ
  • 出版社: 青土社 (2005/11)
  • ISBN-10: 4791762401
  • ISBN-13: 978-4791762408
  • 発売日: 2005/11
  • 商品の寸法: 19 x 13 x 2.6 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.0  レビューをすべて見る (7件のカスタマーレビュー)
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46 人中、38人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By モワノンプリュ VINE™ メンバー
形式:単行本|Amazonが確認した購入
 本書は東浩紀による政治的パンフレット。ハッキリ言えば、宮台真司叩き。構図としては東が同世代の北田と連帯し、上の世代の大澤の力も借りて宮台を相対化する。最若手の鈴木の役回りは読者の代理=表象で、宮台フォロアーからの離脱・移籍劇を演じてみせる。ま、主役級が揃って東大出身という点は、少々息苦しいが…

 規律訓練型の秩序維持が象徴界(=第三者の審級)とともに失墜し、環境管理型の生権力ばかりが洗練化されつつあるという基本的な現状認識は、全員がほぼ共有している。宮台路線はこの世界での生き難さを緩和するために、「意味を通した強度(フィクショナルに意味を立てつつ、その廃棄から強度を調達する生き方)」を提唱する。東の批判は要するに、「それってアンタの実存の問題でしょ」(p121、p242参照)。大澤の方は「宮台は単純に大学に飽きているんだよ」と、さすがに元・同級生らしい分析(p305)。

 ただ私としては、東と北田の野合に疑問も感じる。北田は良くも悪くもリベラリズムの枠内に留まっているが、東は露骨にリバタリアンに惹かれている。また、ともに「降りる自由」について語っても、北田が「許容する側」に視点を置いているのに対し、東は自分を「降りる側」としてイメージしたがっているようだ。さらに、東の言う「サブカルを見ることそのものの政治性」(p36)を、北田はそのまま肯定するだろうか。私個人は、サブカル研究の政治性というのは柳田民俗学の政治性みたいなモンだと思っている。

 宮台叩きでは足並み揃えたものの、じゃあ代案を提起できているかと問えば、皆で頭を抱えているというのが実情。環境管理型権力が私たちから何を奪うかについても、レトリカルにしか示しえていないのが現状。これじゃ戦いにならないのも当然だよなァ…と感じた。
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3 人中、2人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By じゃが〜 トップ500レビュアー
形式:単行本
東浩紀氏と鈴木謙介の2人+ゲストによる鼎談形式で社会や自由などについて語り合う。典型的理系オタクからは、ほとんど彼らの会話について行けない。それでも、IT技術屋の端くれとして、ちょっと立ち止まり、考えてみたくなる本だ。

ゲストが北田氏の章は、私と同年代であるせいか、話に付いて行きやすい。技術の進歩により、リアルな世界とイメージや文字、音楽の世界がデジタル技術で融合してしまった。全てがデータベース化され、メタレベルで消費するようになってしまい、ついにはメタ論議が自己再帰して止まらない。この自己再帰を止めるためにマスコミが感動を使っているという議論は、プログラミング技術者は再帰プログラムと対比させて楽しめるだろう。

大澤氏と東氏は「自由を考える」で対談しており、自由の意味や自由を守る思想的拠り所を求める。自由にはリバタリアニズムとリベラリズムがあり、セキュリティと技術の進歩がリバタリアニズムと非常に相性が良いという事実に、リベラリストの立場からの苦悩を語る。セキュリティを守るための技術の進歩、個人のデータベース化に抗える思想が現在は無い。また、現在はデータベース化された自分を見て自分の振る舞いの正しさを検証するという構造が起きている。東氏の言う環境管理型権力の下で動物化する人間である。

私個人としては、リバタリアニズムに対して、国家や国家内のコミュニティによるナショナル的権力の緩やかな復権が望ましいと稚拙に思う。これは兵頭二十八氏や佐伯啓思氏の影響による。しかし、ナショナリズムは近代思想が故に復権はありえないと東氏には切り捨てられるのだろうか。

東氏は環境管理権力の下では、ウェーバーのプロティスタンティズムのように運命に従って生きることは難しいという。本人の意思に関係のないデータベースにより行動が制限され、運命に従って諦めることになってしまうというのだ。立ち止まりたくなるでしょ?
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形式:単行本
読むのにスゲー時間かかった。
キーワードの意味が全くわかんなくてちんぷんかんぷんだったでござる。
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