法然は、「念仏」と「南無阿弥陀仏」というキーワードを膨大な大乗仏教経典のなかから、いかに抽出し「選択」することになったのか。法然の日本仏教史における意味についてすこしでも関心がある人なら、すくなくとも一度は疑問に思ったことがある問いではないだろうか。
本書は、編集工学の大家が「編集」というキーワードによって、その謎を解き明かす試みに着手したものだ。こういう読み方もあるのか、というおどろきも感じる法然論である。法然の「方法論」を解明することによって、法然を理解するための「補助線」が引かれたことになったといっていいだろう。空海や良寛といった日本仏教を代表する人物をとりあげてきた松岡正剛にとっても、法然はあらたな分野の開拓にもなったようだ。
本書は「編集論」として読むのもよいが、やはり「法然論」として読むべきものである。とはいえ、「編集」という概念によって法然を解説することには、大きな違和感を感じる人も少なくないのではないだろうか?「編集」という知性の営みと、信仰との接点をどこに求めるかが問題になるからだ。
その意味では、第三部の異色の比較宗教学者・町田宗鳳氏との「特別対談」は必読である。この対談を読んだことで、「3-11」の意味を主体的に受け止めた法然論、仏教論がやっと出てきたのかという安心感をわたしは覚えている。法然を「思想の革命家」とみなす町田宗鳳氏の発言は、「3-11」後を生きる日本人が法然を考えるための道しるべとなるに違いない。
法然の主著 『選択本願念仏集』 は、じつは法然による口述筆記を弟子たちがまとめた編集物で、自ら書き下ろしたものではない。この重要性が第一部で指摘されているが、本書もまたほぼ全編が「語り」を編集した本であり、「法然の方法論」を実践した内容にもなっているといえようか。第二部の「絵伝と写真が語る法然ドラマ」もまた、法然をぐっと身近なものに引きつけてくれることだろう。
「3-11」後に生きる日本人にとっての「法然入門」としても本書を推奨したい。