ヘーゲル「法権利の哲学」の講義録を本にしたもの。厳密に言えば「美学」などの講義録同様、「著書」ではない。語り言葉なので、分かりやすい上に、活字にしない分だけ、大胆にヘーゲルがしゃべったことが、そこに出ている。おまけに、ヘーゲルの翻訳で、というより哲学書の翻訳で、新地平を開いた翻訳者の名訳と来ているので、言うこと無しである。翻訳に就いて、感心するのは、例えば、Substanzは、通常「実体」と訳してしまうが、これを内容に合わせて「共同体」とか訳している点だ。どう考えても、「実体は主体に対して外異の一事態ではない」では、意味が通じにくいが、「共同体は主観にとってよそよそしいものではなく〜」とすれば、そのまま読み進むことは可能だろう。文脈による訳し分けは、別な弊害云々を言う向きもあるが、そこまで言うなら、もう翻訳なぞ読まずに原書を読むべきだろう。翻訳の第一義は、メッセージの平易な伝達にある。さて、本書は、二つのタイプの読者にとって良いと思う。まず、いままで、「法権利の哲学」を読んだことがない人が読む場合。何種類か翻訳は出ているが、「法の哲学」自体は、ヘーゲルの中では読みやすいほうとしても、分かりやすいとはいえない。まず、本訳書から読み始めれば無難だと思う。次に、「法の哲学」を何度か読んでいる人にも良い。一体どういうつもりで、この辺りは書いているのだろう、という疑問のとき、本訳書で該当部分を見てみると、「感じ」が分かってくることも多い。実に有益である。また、「講義」のみで知れるのは、どうやらフランスの社会主義思想に知見が及んでいるらしき発言、そして、何よりも「立法権」のなかで、「財政」を主要業務として論じているところだ。しかし、当たり前のことだが、人間、同じ考えを鋳型のように維持することはありえないわけで、時々で変化するのが当たり前だ。だから、本訳書で読みとれるヘーゲルが「ほんとうだ」というのはそれは行き過ぎだと思う。最終的には、「講義録」ではなく「著書」へ帰るべきだろう。