03年度の千葉大着任時、30年も経つような古い分析機器・解剖台1台しか備品が無く、木製まな板の上で解剖が行われ、大学からも評価されず、首になるような可能性もあるような危うい法医学教室を、メディア・国会などに訴え、夜警国家アメリカですら解剖率50%「も」あるにもかかわらず、それにすら遠く及ばない、変死への公益としての死因確定へ向け、尽力する著者。
青森では既に司法解剖要請を、秋田・岩手に依頼しているし、頼まれた2県や他県でも解剖・執刀医は、金銭・雇用・設備・待遇などあらゆる面において超人的努力を強いられており、あちこちで明日にでも雪崩式に司法解剖制度が瓦解する蓋然性は高い。
俗に「民度にふさわしい程度の政治しか持ち得ない」と言われるが、幼児虐待を「何故そうなるのか」の社会的原因にまで言及し、二度と同じ事が起きないようにシステム改善を図る国と、加害者である母親を罰して終わる日本を対比させれば、政治やそれに管理される行政、法医学現場の貧困度・お粗末さが容易に想像できる。
その影響で見逃される殺人事件、公衆衛生に寄与されぬデータはいかほどのものか。
著者の前作が出るまで、監察医・上野正彦氏のような死因究明について世間は関心を持っていたが、前述のような背景に上野氏は言及しなかったし、世間も気付かなかった。
その意味では、日本の法医学の窮状を訴え続ける著者は希有の存在。
また本書では、少ないながら臨床経験も語られ、患者に対し厳しく対応し、糖尿病をきっちりコントロールしていくのが“いい医者”なのか、患者さんに対して寛容な姿勢で対応するが、糖尿病自体のコントロールはほどほどにするのが“いい医者”なのか、との自問自答等は、(書かれていないが)医療機関の利益確保も含めて、どの医療従事者にとっても悩ましい問題であるが、患者側に膾炙しているとは言えず、有益だ。
今後の法医学について、死因を決める事だけを専門に扱う裁判官=コロナ−制度による、病気の再発予防などの公益といった理想的な法医学が、紙幅は少ないもののニュージーランド視察として報告され、著者の提言と共に、他国より秀でた解剖と組織検査による死因判定技術・遅れている画像診断との日本の現状改善への方向性は示されている。
著者の優柔不断ぶりに乗っかって、3冊目と言わず、これからも多数の書で、問題点をオンタイムで指摘してくれるよう期待したい。