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35 人中、32人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
ぺてるの家,
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レビュー対象商品: 治りませんように――べてるの家のいま (単行本)
この本を読んで、”何か書きたい”という気持ちが、湧きあがってくるのだけれど、どこから書いたらいいのだろう?文というか論理って、自分の気持ちのフォーマットと日本語がもつフォーマットを使って、その対象に光を当てる行為だから、 どうしても、一筋縄になっちゃうんだよね。 でも、この本に登場する人々は、 自分と相手とそこでおきるコミュニケーションが一筋縄でいかないことに悩みたおした達人たちばかりだから、 何か書こうとすると、こぼれ落ちるものが多すぎる、、、 そういえば、本書の中にも「ざるで水をすくうようなことはもうやめた」という意味の文章がでてきました。 うまく書けないので話をかえるます。 著者の斉藤道雄さんの手柄は、言葉によってカテゴライズすると、どうしてもこぼれ落ちていく現象を細かい注意を払うことによって、 実際に”ぺてるの家”を見たことのない僕らにも、伝えてくれているところだと思う。 たとえば、ぺてるの家では、自らの診断で自らの病に名前をつけます。 「統合失調症・幻聴さんと私の共依存タイプ」だとか「全力疾走型」だとか。 これは医者や治療といった立場から与えられる診断に対する、やわらかな拒否だと感じました。 もしくは、自分と病とを寄り添わせてゆく覚悟もしくは、準備だととりました。 そうもう、自分の↑この短い文章さえ、気にくわないのです。 寄りそうと決めたなら病とは自己の一部分のことなので、それは病ではなく愛すべき自分のことのはずなんだよね。 もっとよい書き方があるはず、だけどこんな”一筋縄でいかなさ”を僕は、書きたかったのかもしれません。 そしてこの一筋縄でいかなさを、僕の問題として捉えると”繰り返してしまう私”になるとおもう。 最後になりますが、この本の著者もペテルの家も”言葉”にはすごい気をつかっているのが、読んでわかる。 ここで働く人たちのやさしい眼差しや、面影までが見えてくるようです。 自分に何ができるかも考えました。
21 人中、19人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
精神障害を生きるということ,
By フエゴ島民 "イースター島民" (宮城県) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 治りませんように――べてるの家のいま (単行本)
8年ぶりの斉藤さんのべてるの家の報告です。精神障害をもちながらも、あるいはもっているからこそ生きられる生き方。それに引きつけられて、自分の人生に深く思いを致すジャーナリスト。 今回は、川村医師や向谷地ケースワーカーの生活史も織り交ぜて、語られています。 べてるの当事者たちが著した著作を補完する重要なドキュメントと思います。これまでに、べてるの活動に触れて、何らかの手応えを得たひとには必読書です。 また、精神障害を病むことの実際の状況を知りたいと思うかたには、前著の「悩む力」と併せてこの本を読むと、精神障害をもつことがどのようなことか、当事者の言葉を通して如実に知ることができます。医療関係者にも参考になること大ですね。 若くして、この障害をかかえたまま亡くなるひとたちも少なくありません。精神科病棟で、隣の患者さんに刺されて亡くなった青年の少年のような素朴な生き方、そして、その青年に対する仲間たちの熱い思いが印象深く残ります。
6 人中、6人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
色んな矛盾した想いのこもった、治りませんように,
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レビュー対象商品: 治りませんように――べてるの家のいま (単行本)
統合失調症の幻聴に人格を認める幻聴さん、ネガティブな思いをお客さんが来たと呼ぶ、投薬量を減らす低脳薬と無脳薬、当事者同士の長時間ミーティング、幻覚妄想大会など、精神病へのユニークなアプローチで有名なべてるの家の、2000年以降のエピソードを中心にまとめたものです。べてるの家について読んだのは、これが一冊目でしたが、ホームページの明るい印象だけでなく病気と伴に歩く故の苦しみと喜びが、このルポにはまとまっています。治りませんように、とは、気楽な言葉ではなく、裏にある苦労や喜びが混ざって吐き出されています。この本を読むと、人は許される場所を得て、救われるのだと感じます。そして許すことができるのは、結局のところ横にいる当事者だけであり、上や外から偉そうに物を言う人達ではないとも。いろいろなところで受け入れられず苦労して来た人たちが、足踏みしたり戻ったりする日もあるけれども、ゆっくりと、浦河町で自分を受け入れてくれる場所、どう生きていくを見つけて行ける例があることを知って、自分も少し救われました。 余談ですが、この本でも紹介されていた強迫観念を呼び出す状況の、悩んでいる、疲れている、ひまで、寂しい、お金がない(あるいは)お腹が空いた、の頭文字を取った、「なつひさを」。こんなときは健常者と呼ばれる人たちもちょっとおかしくはなりますよね?その振れ幅が大きい小さいで線引きをする意味はあるのでしょうか。そんなことも感じました。
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