沢木興道氏は天性の求道者であった。明治13年に生まれ、両親を相次いで失くすという幼少の不遇、さらに養父のネグレクト、娼家での想像を絶する生い立ちのなかで沢木氏は、何が何でも坊主になることを決心した。これが8歳の頃の決断というのだから、度肝を抜く。いてもたってもいられず、二度目の家出で永平寺に駆け込む。
何が幼少の沢木氏を出家へと駆り立てたのだろうか? いっさいが否定され、かついっさいを否定した沢木氏の残された道は仏教徒としての求道しかなかった。穢れのなかに聖なるものが見えたのだ。これが決定的だった。ひとつ間違えば、犯罪者の道にそれたであろう沢木氏の波乱に満ちた少年の心に、人並みはずれた揺るぎのない道を見た。
日露戦争に出兵し、前線での武勇伝は伝説となる。部下への繊細な心使いは人徳の高さを伝え、桁外れの豪放磊落な面があるかと思えば、ひどい目にあわされた養父を菩薩の心で、逆に養父のお蔭で修行ができたのだという感謝の念すら抱く沢木氏の真面目を、この聞き書きは余すところなく伝えている。
禅にひたすら邁進する一途な姿は現代の坊さんのみならず、我々の倒錯した価値観に根底から疑義を投げかける。
とにかく読んで頂くほかに沢木氏の活きいきしたエピソードの数々のニュアンスを伝えることは難しい。
功名心、利得、我欲、損得勘定、そんなものを一向に意に介さない生き方を貫いた赤裸々な半生に読者は、仏教者の露堂々の姿を見て清々しい感動を余儀なくされるだろう。