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沖縄戦「集団自決」の謎と真実
 
 

沖縄戦「集団自決」の謎と真実 [単行本]

秦 郁彦
5つ星のうち 2.0  レビューをすべて見る (2件のカスタマーレビュー)

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商品の説明

内容紹介

『沖縄ノート』という著作に、沖縄で米軍との戦闘が行なわれた際に起こった、
一般民衆の集団自決は、軍の命令によるものであったと記した作家・大江健三郎と、
その版元である岩波書店を被告として、目下、裁判が進行中の「沖縄集団自決問題」。
苛烈な戦場となった沖縄で、日本軍と民衆のあいだにあった事実とは?
本書は、軍命令の有無をめぐり、戦史の深層に分け入るとともに、
多くの証言と調査から「沖縄戦の事実」を掘り起こそうとする、貴重な論考集である。
論考を寄せる顔ぶれは、秦郁彦、原剛、宮平秀幸、藤岡信勝、曽野綾子、
江崎孝、笹幸恵。「沖縄戦」の真の姿を考える上で、欠くことのできない一冊である。

内容(「BOOK」データベースより)

苛烈な戦場となった沖縄で、日本軍と民衆のあいだに何があったのか。軍命令の有無をめぐり、戦史の深層に分け入る。多くの証言と調査から「沖縄戦の事実」を掘り起こし、その真の姿に迫る論考集。

登録情報

  • 単行本: 331ページ
  • 出版社: PHP研究所 (2009/3/7)
  • ISBN-10: 4569706401
  • ISBN-13: 978-4569706405
  • 発売日: 2009/3/7
  • 商品の寸法: 19.4 x 14 x 2.8 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 2.0  レビューをすべて見る (2件のカスタマーレビュー)
  • Amazon ベストセラー商品ランキング: 本 - 82,375位 (本のベストセラーを見る)
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By 散々
形式:単行本
数年前、沖縄の定期観光バスに乗り南部戦跡巡りをしたことがある、公園墓地を予想していた私の目に入ったのは、ひめゆりの塔は、数多くの大型バスとみやげ物店が林立する中の小さな広場だった。

白紙召集ーガダルカナル戦記で設営隊の記録を鮮やかに描いた、笹 幸恵さんの文章があり期待していたが、彼女でしか表わせない事は、出てこなかった。
戦後、映画やドラマで描かれた、ひめゆり隊が、実際とかけ離れているのを書かれているが、アメリカ映画に出てくる日本兵やドイツ兵を見ていると感じる違和感と同じで、映画・ドラマを最初から真実と受け取る人は、興味を持って見ている人の中では、まずいないと思う。

他の文面も、どこかで読んだことがあるが、再度読むとそれなりの重さが感じられる、でも秦氏には、昔々 数多くの航空戦史で、内外の記録を基に実証するダイナリズムに感動した記憶がある、願わくばもう一度、 原点に立ち戻らんことを希望します。
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By 和田
形式:単行本
秦郁彦は曽野綾子の「ある神話の背景」の内容を鵜呑みにして記載するばかりか、渡嘉敷島の中北部に存在する「恩納河原」の位置を地図上渡嘉敷島の北端、西山盆地の北と記載するなど初歩的な誤りが目立つ。 安里巡査と赤松が会合した日を1945/3/26とするのは、赤松と曽野綾子のみで当事者の安里巡査自身も27日と証言している。なお、米軍の上陸日は日本軍関係者の記載を含め、長らく3/26と1日早くされていた。原因は当初の日本軍の事実誤認による電文が長らく訂正されなかったか、アメリカ時間による日付を長らく使用していたかどちらかであろう。曽野は上陸日の誤りを「鉄の暴風」の誤りをひきずったと強弁する一方で、ちゃっかりと安里・赤松会談を1日早めた。 この本では、裁判とも関わり、1989年に富山元兵事主任が1945/3/21に渡嘉敷住民の(離れた阿波連部落を除く)一部に手榴弾を配ったとする証言が他の証言などから検証できず、後出しじゃんけんにすぎないとする。しかし、「鉄の暴風」に「あらかじめ手榴弾32発を配り、その後20発を配った」旨の記載があり後出しジャンケンではない。金城牧師の証言では前夜の雨のせいか、不発弾が多かったという。これは午後2時頃の第一次自決の話をある程度の距離を置いて(自決場所フィジガー=東川は狭い谷川で渡嘉敷住民の行動は阿波連住民から正確に把握できない。また金城牧師が関与した午後6時からの自決では、金城牧師自身、無我夢中でまわりの声は聞こえていない状態と思われる)聴いた金城牧師の推定であろう。NHKのインパール敗走証言でも、雨の日泥溝に倒れ、手榴弾で自決を図った兵士の手榴弾が湿りのため不発だったという話が放映されていた。富山証言でも配布日は米軍爆撃の2,3日前で雨ではなかったという前提で、おそらく21日だろうという。20日という断定ではない。米軍上陸日の誤りや20日の大本営の米軍沖縄指向断定と21日の慶留間島の自決命令などから配布が事実なら、21日の可能性が高い。多くの証言によれば、27日真夜中、渡嘉敷部落住民は大雨のさなか数時間かけて恩納河原から西山盆地に移動。 古波蔵村長に28日防衛隊から配布された手榴弾も不発、渡嘉敷部落の住民を中心とした午後2時頃の手榴弾に不発が多かったことは数々の証言が一致する。 その後渡嘉敷部落の住民はヒータティヤーに移動、西山盆地から遠く後から到着した阿波連の住民はフィジガーに止まった。(もっと後発だった阿波連住民の一団を除く) NYタイムズ 1945年3月29日付け、ウオーレン・モスコウ記者の報告によれば、「三月二十九日、昨夜、われわれ第七七師団の隊員は、慶良間最大の島、渡嘉敷の厳しい山道を島の北端まで登りつめ、一晩そこで野営することにした。その時、(谷本版陣中日誌では18時頃)一マイル程離れた山地からおそろしいどよめきの声、悲鳴、うめき声が聞こえてきた。手榴弾が六発から八発爆発した。」アメリカ軍やNYタイムズ記者に嘘の証言をする動機はない。事実だろう。 当時、渡嘉敷と阿波連の人口比は1対2、フイジガーに集まった人口比では阿波連住民が二分されたため、1対4。配布手榴弾総数が52発なら阿波連配布は10〜11発。28日防衛隊から配布された手榴弾は渡嘉敷住民と阿波連住民双方に同じ割合で配られた可能性が高い。 ニューヨークタイムズ記者の記事の中を取って7発爆発でも過半が爆発。28日昼前後に阿波連住民に配布された手榴弾は濡れていないので不発が少なく過半が爆発したということになろう。逆に事前配布の手榴弾は大雨にたたられて不発が多かった。そうすると、あらかじめ渡嘉敷住民に手榴弾が配布されたという富山証言は整合性があることになる。 とにかく、まず大前提となる事実と状況を定位させた上で不確定な事実と証言をよく突き合わせて整合性のある事実を推定するというまともな検証を地道にしてほしいものだ。
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