私の義父は、シベリアに7年抑留され戻ってきた。
あの有名な瀬島さんは、私たちと一緒に苦しい生活を送ってきたんだぞ・・と話を聞いた。
「昭和の影のドン」とも言われた瀬島龍三の人生を通して、日本という国の歴史の一頁をみた。
そして思ったこと。
彼は、分析能力・判断力がずば抜けて秀でていたこと。
官僚としての生き方。
その力は、陸軍参謀本部で如何なく発揮され、その後も伊藤忠、そして国家の中枢にいる人たちからも参謀格として重んじられていたこと。
エリート中のエリート。
その生き方は、もし、会社人間として彼を評価するなら本当にすばらしい人間であるのだろうと思った。
多分の今の日本の教育は、彼のような人間を育てるためにあるのであろう。
しかし、読んで感じたことは、多くの人が苦しみ、死んでいった戦争の中心にいたにも関わらず、彼はその苦しみをほとんど感じなかったであろうということ。
彼の配下に多くの部下がいただろうが、ソレはあくまで駒で、駒にもこころがあるということを理解しない。
(理解する意味も持たない)
私の義父は晩年、近所の教会の前を毎日掃除していた。
シベリア抑留がたたって、体をこわし心臓パイパス手術も行った。
彼は、「ロスケにも悪い人もいれば、良い人もいる」といい、
あんなに苦しい思いをしたのに、
生きるために必死でおぼえた片言のロシア語で、ロシアの人を見かけると笑いながら話しかけていた。 近所の教会の神父に「いつも掃除ありがとう」といわれて、「私はお金の献金はできないが、労働でお返ししますよ」と笑っていた。
貧乏ではあった。 余計なお金はもっていなかった。
料亭にもいかなかった。
けれど、彼はいろいろなものをもっていた。
「瀬島龍三ってね」と義父から聞いて、一度彼の本を読んでみたかった。そして、そんな感想を持ちました。