ダム工事建設現場で冬を越すことは、他の世界と遮断して観念的世界を育む。昇が人工的な愛を築くのに相応しいシチュエーションではあるが、そこはダムという無機的なものを同時に築こうとする皮肉的場所でもある。
無機的なものは何も反応しない。それは苦悩や絶望などに応えてくれないのだ。しかしながら、そのような悲哀と共に愛は共存しないのか。例えば誰かのことを好きになったとき、そして好きだということが相手に知られたとき、相手が自分に何らかの反応を示した瞬間にそのような悲哀的愛は崩壊してしまう。ところが人工的な愛の上では、相手が愛していない前提の下で愛そうとする故に、悲哀的愛は崩壊するどころかますます深まっていく。昇はこのような相互関係を無視したところに愛を見出そうとしたのかもしれない。