一読してこれは傑作、平野啓一郎の一つの到達点だと思いました。
著者は、芥川賞最年少受賞(男性)、当時現役京大生という華々しいデビューを果たしました。
が、デビュー作がいかんせんは難解な擬古文であることに加え、現代人に聖性を問うという、現代の近代合理主義社会においてはかなり実情との乖離が見受けられる作品であったため、著者の作品に手が付けづらいと思われた方も多いのではないでしょうか(私もそうでした)
さて、本作はというと、全くの現代を背景に描かれた作品です。その後書かれたドーンでは、近未来を舞台とした作品になっていますので、本作は著者が最も力を入れた最初の現代小説であり、一つの分岐点となった作品と言っていいと思います。
内容は、決して一貫したテーマがあるわけではなく、どちらかというと何本も太い幹を持った木が林立する森を思わせるものでした。様々なテーマが提示され、自然に読者が深いコミットをしてしまっている、気がついたら森の中で迷っている、そんな感じです。
その中核をなしているのが、本作品の中で発生する絶望的な事件です。本当に凄惨な事件です。その事件の微細な描写に、私たちは自然に、しかし深く考えさせられます。人は絶対的な悪に対してどう立ち向かっていけばいいのか。個人と社会は今、どういう関係性にあり、どうあるべきなのか。そこにある救いとはなんなのか。それは愛なのか、友情なのか、生なのか、死なのか。
そんな深い思考の最中訪れるクライマックスは圧巻です。最後の一行で〜などと売り文句をひっさげて売られている、巷にあふれた売れる本もよく見かけますが、「決壊」の最後の一文は違います。物語の可能性だけでなく、言葉の可能性、美しさとはかなさ、強さと弱さをすべて内包した平野敬一郎にしか書けないであろう名文が掲げられています。その一文を読むためだけでも、この作品は読む価値があると言えます。
途中難解な個所もありますが、そこでくじけず、読み飛ばしても構わないので最後まで読んでみるべきです(私は最初、上巻のラストの件が全く分からず、読み飛ばしました。)日蝕で敬遠された方も(私もそうです)この作品を読んでみることをお勧めします。