執拗ないじめの報復を少年に約束し、彼の閉じた心を開き、殺人を行うことの快楽を説いたのは、文字通り「悪魔」を名乗る男の囁きだった。この悪魔は正体不明だが、多弁かつ知的、口にしたことは必ず実現させてしまう。冷酷さとおぞましさはもちろん彼のキャラクターの属性のひとつだけど、どこか現実の閉塞感に風穴を空けるダークヒーロー的でもある。ブルガーコフ「巨匠とマルガリータ」の悪魔が、衆人環視のステージで魔術のように人間の首を切り落とし客席を唖然とさせるように、平成日本という「決壊」の作品世界を、一転、大規模な怪奇ショーの舞台に転化させてしまうのも、この悪魔の存在ゆえ。負の祝祭を取り仕切る祭司=悪魔による残酷劇の活劇感は、読者をおそらくは確実に無力な放心状態に追い込むが、一方で全体として深刻なテーマの作品に、小気味よいリズムを与えているのも確かだ。すさまじい破壊行為は疾走感に満ちた、一大スペクタクルの様相を呈するが、さすがは厳密な計算家の著者のこと、それが荒唐無稽に陥る心配はない。平野作品を、難解な思想小説であると思い込んでいるひとには、こういうパンクな一面を意外に感じるんじゃないか。小説作りにおけるバランス感覚のよさに敬服する。