「終戦の詔勅」の原本は内閣文庫(竹橋駅下車)に保管されており、画像もWEB上で確認できる。また1995年にも新聞などで全文が掲載されており、人口に膾炙している。その日付は「昭和20年8月14日」と明記されている。そう日本のポツダム宣言受諾の日付は正確には「8月14日」となるのだが、彼はこの原史料に当たっていないらしい。この点はすでに佐藤卓己『八月十五日の神話』(ちくま新書)でも指摘されているように、近現代史に関わる人間には旧聞に属する事柄でもある。国際法上では日本の敗戦は「1945年9月2日」であり、日本政府の公文書上では「昭和20年8月14日」となるのだが、玉音放送の行われた「8月15日」という神話・俗説に依拠したらしい。玉音放送は詔勅を録音したものなので、この原稿もまた「8月14日」である。佐藤は、なぜ14日から15日へ変化したのかを丁寧にたどっている。しかし、池上はこの著作すら読んでいない上、根拠のない「常識」に依拠した、底の浅い解説をしているのが本書である。もちろん彼は研究者でないし、底の浅さがウリでもある。問題を掘り下げないこともまた彼の美点であり、それがいわゆる「わかりやすい解説」につながっているのである。「わかりやすさ」が底の浅さ、問題意識の欠如と同義であることを、また如何に本質を捉えにくくするかを示す好例である。さらに池上解説の不正確さを知る好著と言えよう。彼から学べることはせいぜい床屋談義くらいまでにとどめておくことで、決してゼミなどで「池上さんの説明では・・・」などと発言してはならない。指導教官や院生からは相手にされず、ゼミ生からも白い目で見られること必定である。中高ならまだ大丈夫かも知れないが、学究肌の先生にはやはり慎むべきであろう。