織田信長の重臣であった荒木村重は、信長に謀反を起こし、一族郎党が惨殺されたが、岩佐又兵衛は、荒木村重の側室の子であったが、なぜか生きのこった。京都六条河原で母親が非業の死をとげたことからのトラウマから芸術的な絵画が生まれたんだろうと著者は書いていた。
英一蝶は、幕府が禁じた法華宗の「不受布施」の戒律を守った故に、三宅島遠島の刑を受けたことから独自の画境を生んだとか、伊藤若冲は、家業の青物問屋を継ぐことが嫌で、若くして弟に家業を任せた変人の朴念仁で絵だけを描くオタクのニートだったと言われているが、その実像は宗教者も一目置くような信心深さと、青物市場を守るため敢然と命を懸けて立ち上がる矜持を持った人だったことが本書で知ることができる。
そのほか、曽我蕭白は、没落した紺屋(染物屋)の子せがれから画家として大成したが、権力に阿ることない頑固者だったとか、長沢芦雪は、絵の実力は認められるものの、ことあるごとに武家の出であることをひけらかしたから嫌われたとか、岸駒は、有名になると、その画料を貪ったと評判がまことに悪かったが、晩年には、その資産の多くを廃寺などの復興に投じていた事実なども本書で知ることができた。
葛飾北斎は、「富嶽三十六景」など富士山を描くことに執念のようなものを感じると思うのは私だけではないと思っていたが、富嶽三十六景のうち「諸人登山」の絵には、富士講信者が富士へ登って行く姿だけが描かれていて、富士が描かれていないことからも、当時幕府が弾圧していた富士講に北斎がシンパシーを感じていたことが窺える、と著者が説いている。
東洲斎写楽については、江戸は、八丁堀の住人で、阿波藩の能楽者、「俗称斉藤十郎兵衛」なのは間違いない、と謎の人物などと騒ぐことに、終止符を打ってほしいと多くの確証的な資料に基ついて説いていたが、信じるに足る資料だと納得できた。
本書中、新幹線のグリーン車や飛行機のファーストクラスを使用しながら、地方へ説教しに行くような宗教者など唾棄すべき存在だとの論旨で書いていたが全く同感してしまった。
被爆者で世界平和を謳いながら絵を描き文化勲章までもらった画家を、著者が嫌っているような下りを読みながら”誰?”と思ったが、私も彼の絵が好きではないからすぐに誰か分りましたよ!