正編『幻影城』が雑誌『宝石』に掲載された、ミステリファンのためのミステリに関する彼の主張を記した論文であるのに対し、続の方は、彼の読書メモや資料集で、掲載された雑誌も、『犯罪学雑誌』や『自警』なども含まれ、かなり趣が異なる。この光文社版の掲載記事は以下の通り。
第一部
英米の短篇探偵小説吟味
探偵小説に描かれた異様な犯罪動機
類別トリック集成
兇器としての氷
顔のない死体
隠し方のトリック
変身願望
第二部
最近の英米探偵小説
科学小説の鬼
ディケンズの先鞭
JDカー問答
クリスティに脱帽
作家小記
日本探偵小説の系譜
原始法医学書と探偵小説
明治の指紋小説
附録
江戸川乱歩既刊随筆評論集目録
類別トリック集成出典一覧
戦後邦訳短篇探偵小説目録
戦後邦訳長篇探偵小説目録
索引
で、読むべきところがあるか、というと、どうも。正編が大上段に彼のミステリの理念を語っているがゆえに、すこしも古びていないのに比して、具体的な作家やトリックの話をし始めると、その後の読みの深まりや発展を知る現代からすれば、素朴さのアラが目立つ。たとえば、「作家小記」でチャンドラーの紹介をしているのだが、「タイム」などに掲載された他人たちのチャンドラー評を引用しているだけで、乱歩自身は、「三冊しか読んでいないが、『大いなる眠り』が一番面白かった」の一文だけ。ほんとうに、この「面白かった」の一言だけしか彼自身の言葉がない。「科学小説の鬼」に至っては、「クラークがSFブームを記すのみで、現代のSF作家の名前を一人も挙げていないのは、代表作家を挙げるほどのものがまだ出現していないためだろう」などと口走ってしまっている。当時の日本では、そんな程度の認識だった、ということで済むかもしれないが、あのころのクラークが興奮していたSF名作の山を知る我々としては、乱歩も老いて時代に取り残されていたな、と残念に感じずにはいられまい。「類別トリック集成」は、いまでもしばしば話題になるが、まあ、ミステリ作家ワナビが小説学校かどこかで目を通しておくべき程度のもので、今となっては古典に類する。
というわけで、戦前戦中戦後のミステリ文学研究者にとっては歴史的基本文献のひとつだが、資料と呼ぶには、欧米雑誌からの又聞きや孫引きだらけのために、間違いや誤解が多すぎる。乱歩そのものからして、問題の理解が浅すぎる。当時の出版事情の限界だ、という以上に、本にも、言葉にも、もう乱歩らしい力や毒がないのだ。ただ読みかじりの情報を羅列し、淡々と分類しているだけ。こんなできそこないの電話帳のようなものは、現代のミステリファンや、作家志望者がわざわざ買って読むまでもない。