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江戸の砲術師たち (平凡社新書)
 
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江戸の砲術師たち (平凡社新書) [新書]

宇田川 武久
5つ星のうち 3.5  レビューをすべて見る (2件のカスタマーレビュー)
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商品の説明

内容紹介

一五四三年、鉄砲はポルトガル人により日本に伝えられた。戦国乱世の時代には、武器として多くの鉄砲が求められ、戦闘様式や築城法などにも大きな影響を与えてきた。江戸時代には、文治政治へと移行していく過程の中で、回国の生活を過ごしてきた炮術師たちが、身分制社会の規範として仰がれ、武芸としての炮術が花開く。炮術に生きた師範と門弟、関流炮術を継ぐ関内蔵助家の家族模様を写しだす。

内容(「BOOK」データベースより)

一五四三年、鉄炮はポルトガル人により日本に伝えられた。戦国乱世の時代には、武器として多くの鉄炮が求められ、戦闘様式や築城法などにも大きな影響を与えてきた。江戸時代には、文治政治へと移行していく過程の中で、回国の生活を過ごしてきた炮術師たちが、身分制社会の規範として仰がれ、武芸としての炮術が花開く。炮術に生きた師範と門弟、関流炮術を継ぐ関内蔵助家の家族模様を写しだす。

登録情報

  • 新書: 222ページ
  • 出版社: 平凡社 (2010/2/16)
  • ISBN-10: 4582855121
  • ISBN-13: 978-4582855128
  • 発売日: 2010/2/16
  • 商品の寸法: 17.2 x 10.6 x 1.6 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 3.5  レビューをすべて見る (2件のカスタマーレビュー)
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砲術師の系譜 2011/5/20
形式:新書
戦国期に伝来した鉄砲。

江戸時代の平和が訪れ、さまざまな武芸が体系化されていったのと同様に、鉄砲の術もまた体系化され、いくつもの流派が生まれた。

本書は、その中でも「関流」という砲術の流派について紹介している。
伝書や資料の乏しい砲術の流派において、唯一豊富な資料が遺っているのがこの関流だからだという。

本書を読んで面白かったのは、戦国期には実用一点張りの技術だったものが、平和な時代に入ると急激に思想面の裏付けがなされていったという事実である。
仏教などの理論的用語が転用されて、技術の体系化が進められたのだ。
剣道などがそうであるように、砲術という生々しい技術すらも近世期には「思想化」されたといえる。

余談だが、はるか後の幕末ごろになると、不安な世情もあって砲術は一躍脚光を浴びることとなった。
しかし、維新の頃には西洋の新式銃が導入されており、じっさい火縄銃の出番は少なかったという。
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By 浦辺 登 VINE™ メンバー
形式:新書
 幕末、官軍と幕府軍との勝利の分かれ目は銃砲ではないだろうか。官軍の薩長は西洋銃を大量に保持していたが、これはアメリカの南北戦争が終結し、余った武器が上海市場に流れ込み、それが長崎を経由して薩長に流れたものだった。だけではなく、長崎港でのフェートン号事件において西洋と日本の軍事力の差を見せつけられた結果、西洋の銃砲理論を学んだことから銃砲の開発に繋がっていった。幸い、志筑忠雄というオランダ通詞が長崎にいて、『求力論』『火器発砲法』『弾道速力理解推理法』を翻訳していたが、理論継承されていた。
 その長崎で砲術を身に付けたのが高島四郎兵衛という荻野流砲術師範だが、それは息子の高島秋帆に繋がり、高島秋帆から江川英龍(伊豆韮山の反射炉を建設した人物)へと継承されていく。新技術といえども、技術が継承され続けなければ発展はしないということ。関流という砲術師範の膨大な記録が残っていたことで砲術師範の日常がうかがい知れ、技術の研鑽に励む姿が生き生きと描かれている。
 本書は砲術師の興亡を描いているが、分かれ目は科学知識を導入できたか否かにかかわる。が、しかし、これは、現代の日本が科学立国であり続けるヒントにもなりえる内容となっている。
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