曲亭馬琴。彼の名は、『南総里見八犬伝』の作者として誰しもが知るところである。しかし、彼は長年にわたる日記も残していた。そしてその日記を通し、彼の苦悩、そして何よりも彼を舅とした嫁である「お路」の壮絶な人生を知ることができるのだ。
お路は、馬琴の恩人、いや江戸文学の恩人である。晩年に失明した馬琴が口述する『八犬伝』を筆記し、その大作を完成させたのは、ひとえにお路の手柄である。彼女が滝沢家の嫁にならなければ(そして何よりも、あの地獄のような滝沢家での生活を忍耐し続けなければ)『八犬伝』はついに完成することはなかったのである。
お路の献身については、これまでにも様々な形で顕彰されている。しかし、それらは創造の部分が多いことも否めない。しかし森田氏による『江戸の明け暮れ』は馬琴及びお路本人が残した日記を丹念に読み解くことにより、彼ら江戸の市井人の日常を正確に伝えている。しかも、馬琴に詰問されながらも、ついに口を割らなかった「二分」という金の使い道に関しても、森田氏による見事な推測は、読者をして「さもあらん」と納得させる説得力を持つのだ。
それにしても、お路の人生は壮絶である。ヒステリックな姑お百との軋轢、病弱な夫、偉大にして気難しすぎる舅、そして何よりも最愛の息子太郎の3名をを先立たせなければならなかった不幸、さらには太郎亡き後も、家内の「ごたごた」に巻き込まれた彼女の心中を察するにはあまりある。
後世の者たちによるお路の顕彰が、せめてもの彼女への「回向」とならんことを、祈らずにはいられない。