本著を読み通して、思わず「ウルッ!」と来た箇所がある。当書は豊臣秀吉以降の「日朝関係」に紙幅を割いているのだが、その関連で「武士になった朝鮮人」として御家人「染木甚太郎(百俵五人扶持)」の逸話を記している行がある(本書pp.153~156)。『甲子夜話』(1821年)による染木家の「家譜書上」によれば、先祖は朝鮮の城主(李氏)の子(姉弟)で、「文禄の役(1592~93年)」の際に捕らえられ、日本に送致、最終的に、NHK大河ドラマ「江〜姫たちの戦国〜」の主人公・江と徳川秀忠の子、千姫の「御慰」のため、唐子台に乗せられて献上された。その後、大阪、江戸と千姫に従い、姉は「早尾」と改名、千姫(天樹院)の年寄役に、弟は「八右衛門正信(染木家の祖)」として土圭之間御取次役などを務め、姉弟は異国の地で没した…。
さて、当著は15世紀後半から16世紀の「大航海時代」と称される「第一次グローバリゼーション」及び19世紀の「産業革命」に象徴される「第二次グローバリゼーション」という世界史的な“大波”に対して、日本は外交的内政的に如何に処してきたか、が主題となっている。先ず、「第一次グローバリゼーション」に関し、著者は「秀吉は、グローバリズムへの対応として、隣国や大陸への侵略という凶暴な形で、統一国家の形成をはかった」(同前p.40)と締め括っている。このあたりの認識について、著者は明確な論拠を示してはいないが、多分「東アジア新秩序説」に近いのではなかろうか(同前p.33)。ただ、詳しく述べないけれども、「信長・秀吉・家康のやったことは、『セットで見る』」(
井沢元彦氏)視点も必要ではないか、と私は考えている。
また、文化人類学者の
船曳建夫氏は、日本の国家体制として、信長の「国際日本モデル(外向き=世界)」、秀吉の「大日本モデル(外向き=東アジア)」、家康(徳川幕府)の「小日本モデル(内向き=国内)」といった概念を提示している。こうした見方も有用ではなかろうか。それはそうと、幕府は、長崎(中・蘭との貿易)、対馬(朝鮮との外交)、薩摩(琉球との交易)、松前(アイヌとの交易)の「四つの口」をもって、近世の外交・通商関係と国内体制の安定化を図った。この中で、朝鮮との「通信使外交」(1636~1811年,9回来日)における日本側の対応は、まさに「国家あげての大イベント」(同前p.103)であり、「唐子踊り」の来歴等も当書で判る。その他、徳川吉宗の文明化、国際化に係る事績や、前述の日本で生きた朝鮮人達の話なども興味深い。