本書は1961年生まれの日本近世政治史研究者が、数少ない確かな史料に基づいて2010年に刊行した、翌年のNHK大河ドラマ主人公浅井江(1573〜1626年)の伝記である。江(ごう)は浅井家滅亡の年に浅井三姉妹の末娘として生まれ、11歳で母も失った。彼女は父母の仇でもある伯父信長や義兄(養父)秀吉の庇護のもとで、いとこに当たる知多の領主佐治一成との婚約(本書によれば入輿は無し)、次いで秀吉の甥羽柴小吉秀勝との結婚(死別)を経て、23歳で徳川秀忠(後に長姉の仇となる)と結婚し、将軍家光の母、天皇女御和の母としてその生涯を終える。彼女は多産で嫉妬深く、家光に冷淡だったとするのが通説である。しかし本書は史料の突き合わせ(正確な日時の確定など)と彼女の人脈、当時の女性の地位(正室・側室・侍妾の差異など)などの状況証拠から、以下のような意外な事実を明らかにする。第一に、江与はえどと読む。第二に、佐屋の渡一件は史実ではなく、江の離婚話も秀吉妹朝日の離婚話と混同されている可能性が高い。第三に、江の確実な実子は羽柴完子のほか、徳川千、初、忠長のみであり、これが特定の子への鍾愛や世継をめぐる摩擦を生んでいる。ただし、将軍家御台所としての江は、家光や和たちに対しても表向きの母としての役割をきちんと果たしたため、秀忠の侍妾の存在が表に出ない。第四に、頼るべき縁が薄かった江は、実子の婚姻や大奥において浅井人脈を重視し、徳川将軍家を支えながら浅井・豊臣の供養を一身に引き受けた。本書には状況固めのための細かな事実が多く、またやや断定しすぎている感もあるが、本書の実証の過程は比較的明快であり、身分制社会において女性の置かれた厳しい状況がよく分かる点も重要である。