前作『どれくらいの愛情』で直木賞候補になった筆者は、その審査講評で、「描写が細かすぎる」「住所地番地まで書く必要があったのか」「文体がこなれていない」「理屈を重ねすぎる」という意味の、酷評に接する。私は、この講評を読みながら、どうか、あのたたみかける理屈っぽさを失わないでほしい、克明なくどいほどの描写を続けてほしいと願っていた。
その意味で、候補入賞後初めての作品をいまかいまかと心待ちにしていた。
男女の奥ゆかしい心の襞を描いてきたこれまでの作品と異なり、生き続ける意味を見いだそうともがく男の心理を描いている。ドラマチックな展開があるかと言えば、これまでの作品に比しておとなしいが、存分に心の動きの妙は味わえる。