山岳小説の名作として有名ですが、最近はじめて読みました。山の魅力がよく伝わってきます。また重い社会派サスペンスとしてのドラマ性も含まれており、とくに企業間のエゴや微妙な連携の手法は今日の社会のありようそのものです。巨大製薬企業の横暴をえがいた映画「ナイロビの蜂」を思いだしました。
この小説のもうひとつの大きな魅力は、昭和30年代初頭の東京人や、日本の女性たちの生き様が、鮮やかに描かれていることです。いまとくらべるとどこか不器用だが、実に凛として、自己の魂の清潔さや、誇り高さを自己注視する文化がそこにあり、日本人はこれほどしっかりしていたのか、と読んでいて気恥ずかしくもなり、また、元気とエネルギーをもらいました。
文豪井上さんの若き日の傑作であるとともに、日本の近代文学のなかで、経済成長著しい昭和中期の銀座界隈など東京の様子や、ひとびとの生き方が鮮やかに描写されている、稀少で、極めて重要な作品とおもいます。