1922年の初夏、主人公ハワード・ロークは建築工事労働者をしながら建築家めざして苦学しながら通っていたマサチュセーッツ州にあるスタントン工科大学を退学になる。学業は優秀だし才能もあるが、大学で教えられる建築学に異をとなえたことから教授達の怒りを買った。ローマ時代やルネサンス時代などの古典建築を現代風にするだけの建築学に彼は満足できない。その建築物の機能を最大限に活かすデザインと建築法と素材を妥協なく彼は求める。かれのデザインと見解は、教授達にはそれまでの建築の美意識を否定する傲慢さに見える。彼は私淑していた高層建築家であり、今は落ちぶれているヘンリー・キャメロンのニューヨークにある建築事務所に就職する。ロークにとってキャメロンは真に才能あるプロなのだが、時代はキャメロンについていけない。同様に、キャメロンを理解できるロークの仕事も、また理解されない。小説は、彼が一流の建築家として名実ともに認められる約18年間の苦闘を時間軸に沿って、舞台を主にニューヨークにおき、描いている。この小説は単なる成功物語ではない。ロークの建築観は彼の世界観、人間観、人生観と結びついていて、それらは彼の生きる時代ばかりでなく伝統的それらと真っ向から対立する。この小説は、ロ-クの思想闘争でもある。小説は、彼と3人の男と1人の女との関わりを通して描かれていく。
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18 人中、16人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
奇妙な恋愛小説だが…,
By ラ・パンセ (さいたま市緑区) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 水源―The Fountainhead (単行本)
長い!しかし、おもしろい!A5判・2段組・「訳者あとがき」も含めて1037ページという恐ろしい分量だった。早く読み終えたかった。だが、主人公たちの運命の成り行きに引きづられているうちに、物語が終わってしまうのが惜しくなり、終盤を迎える頃には、一つ一つの文章を惜しみつつ、味わって注意深く読んだのだった。この作品は、確かに「政治思想小説」である。登場人物たちは、ときに強烈な思想を主張する。“日本的”なものとはほど遠いに違いない。だからといって、堅苦しい作品ではないのだ。とにかく緊迫感に満ちた恋愛小説であり、凡百の恋愛ドラマなどが色あせてしまうほどの、深いおもしろさに満ちている。 自分の理想を貫くことにかけては妥協を許さない青年ロークと、人を寄せつけない冷淡な美人であるドミニク−−−この二人の恋愛ほど奇妙な恋愛は、他になさそうである。 愛しあっているがゆえに離れるとはどういうことだろう? 二人はなぜ傷つけあうのだろう?しかも、そのことを当人たちは了解済みなのである。 この二人の愛情はストイックな愛情であり、倒錯的な愛情なのである。 しかし、それで終わっては単なる作りごとだ。倒錯的で観念的な愛を現実のものとするために、主人公たちは意表をつく行動に出る!その行動は犯罪的ともいえるもので、結末のどんでんがえしに驚かされてしまう。 わくわくしたストーリー展開に心が躍らされながら、「よりよく生きる」ということを考えさせてくれる作品だと思った。 私は一気にアイン・ランドのファンになってしまった。この作品をたくさんの人たちに楽しんでもらって、感じたことを話し合いたいと思う。
16 人中、14人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
自分に嘘をつかないことが自分自身を尊敬できることにつながる,
By
レビュー対象商品: 水源―The Fountainhead (単行本)
大著なので読破に時間がかかります。英語版にある作者自身の序言は理解の助けになりますが、この日本語訳には含まれていません。またSecond-hander をセコハン人間、Bannerをバナー新聞と注釈なしに訳してますが、原文の意図が伝わるか疑問です。登場人物が本当に何を考えているのかが明らかになるのが最後の章で、彼らの心理分析のなぞ解きのような楽しみがありますが、辛抱が必要です。色々な思想が入っており、そのすべてに共感するのは難しいでしょうが、自分に嘘をつかないことが自分自身を尊敬できることにつながるといった素晴らしい哲学が述べられています。金言は、この物語のヒーローのロークからだけでなく敵役からのトーイーからも発せられています(あらゆる孤独は衆愚の高みにあるp382, 個人的愛はひとりの人間に対して愛情を与えてしまうので、他の人々への愛を結果として奪ってしますp452,理性ならば理性と戦えるが不合理な理不尽なことを敵にまわすと勝ち目はないp486)。資本主義者かつ無神論者の著者ですので、アメリカ人が読むと、共産主義と宗教の利他主義に対する遠回しの批判が興味深いところだと思います。ただ、日本においてみられる集団主義的行動に対する非難もこの本の一つの焦点です。この本では建築家の主人公が理不尽な理由で、建築をまったく知らない一般大衆も一緒になって世論をあげて攻撃されます(“退屈を癒し、自分自身に向き合うことから解放してくれる共通の怒りという贅沢に、みなが一致団結した。自分達というものに向き合わなくてすむことが、いかに有り難い祝福であることか、人々はよくよく承知していた”)。この一件は、チャリテーに参加したことでマスコミの総攻撃をあびた横綱朝青龍関に対する騒動が思い出されます。ここではチャリテーには無縁で相撲など知らない人間が、自らの品格を棚にあげて、医者に変わって仮病の診断を下し横綱を精神障害にまで追い込んでしまいました。
5 人中、5人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
小説としても面白いし、生き方についても考えさせられる,
By
レビュー対象商品: 水源―The Fountainhead (単行本)
ある分野において天才的な能力を持ち、それが理想の状態で発現されることを望み、機会に恵まれた時には私利私欲なく当該業務を遂行する人。ただし、確実な理解者はいるけれど、当人・結果が世間一般から賞賛されるとは限らない。どこの世界・どの分野にも、上記説明に該当する人はいるだろう。『水源』を読んだ今、そのような人を「ロークみたいな人」と呼ぶことにする。思想的なことは理解したとは言い難いが、本書を読んでいて、色々な人達のことを考えた。そう、有名政治家から仕事関係で出会った知人に至るまでの各層だ。更に、自身についても考えさせられた。ローク的な人を馬鹿にしたり裏切ったりしたことが少なからずあった。彼等には申し訳なく思っている。 訳者である藤森氏のツイッター内に「ローク的近代人を通過しないと、霊性と合理性を兼ね備えた立派な日本人になれません」の一節があった。なるほど。自身が立派になれるかは自信ないが、少なくとも「今の自分は『水源』中の○○みたいだ」として自身の行動を評価するための基準となりそうな気がする。また、明治期に『西国立志編』がベストセラーになり、多数に好影響を与えたという話がある。諸々の混乱が見受けられる現代において、本書がそれに近い役割を果たしてくれれば、と感じた。 本書は確かに厚い。私が購入したのは2年ほど前だが、あまりの厚さに開く気がせず本棚に眠っていた。先週、埃を払い、読み始めた次第。小説のレビューでネタバレは好ましくないので中身については触れないが、とにかく面白い。読み進めたくてどうしようもなく、中断するのが苦痛だった。長期の休みが取れる人は、その時に読んだ方がストレスを感じずにすむだろう。 購入を迷っている人たちへ。普段から本を読みなれている皆さんなら大丈夫(読書の習慣がない人が『水源』のレビューを見ることは無さそう)。普段読んでいる3〜4冊分の読書時間を本書のために提供するだけの話です。
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