シュティフターはトーマス・マンやヘッセ、ニーチェといったドイツ文学界の錚々たる面々に賞賛されながらも一般的にはかなりマイナーなオーストリアの作家です。 その理由を簡単にのべれば、波乱万丈のストーリーを書かなかったから、の一言につきるでしょう。 しかし、書けなかったーと、いうわけではありません。 ここに収められている四編の作品を読めば、彼が何に価値を見出していたのかは、自ずと分かるはずです。 いずれの作品においても、我々の生活を脅かす、戦争や天変地異というものに主人公たちは巻き込まれています。 しかし、彼が本当に描きたかったのは、そういった不条理の中にあっても、決して変わらぬ名もなき人々の営みの偉大さーなのだと思います。 このことは、収録されている、この短編集の序文を読めば一目瞭然です。 描いている対象は少々違いますが、日本の芸術家の中で彼に似ている人に小津安二郎監督がいると思います。 彼らの作品は、そう何度も夢中になって見るというわけではないが、5年、10年に一度はたまらない郷愁をともなって見直してしまうーという点でも、どこか共通点があると思います。
四篇の中で白眉といえばやはり“水晶”なのですが、もう一つ、忘れがたい名作として“石灰石”があります。 他の作品では、主人公たちはいずれも本人の気付かぬままに、偉大な自然の法則によって“生かされている”という印象が強いのですが、“石灰石”では、人間のささやかな意志が、やがて子供たちを救うことにつながっていくーという、信念のようなものが描かれています。 そしてその“意思”の偉大さは、決して多くの人に知られることにはならなかったけども、心ある人々の心に確かに刻み込まれているーという結末になっています。
“いま、この寂しい岩地を立ち去るとき、わたしの頬には涙が流れたー”に始まるラストの数行はまれに見る感銘を私たちに与えてくれる名文だと思います。 もっともっと多くの人に読んでもらいたい作品集です。