内容紹介
絵画と詩と音楽でつづるもうひとつの水俣。 1979年晩秋、水俣湾のほとりに紙をひろげ写生にかかる丸木位里、丸木 俊夫妻の姿があった。広島の原爆の体験を地獄図として描いた丸木夫妻が、今、水俣を表現しようとしているのだ。完成した3m×15mの絵を前に二人が語る。「水俣の風景は美しい。人間もいいにんげんばかり。わしは明るい水俣を描こうと何べんも思った。患者の闘いも描こうと思った。しかし明るくはならなかった」「石牟礼道子さんの本『苦海浄土』とはよく水俣をあらわしたことばと思うけど、苦海ばかりの絵になってしまって…」。東京・上野での制作発表。石牟礼道子の詩「原初よりことば知らざりき」の朗読に、故武満 徹作曲の「海へ」が流れる。映像と詩と音楽の“水俣シンフォニー”だ。 1980年晩秋、再び水俣を訪れる丸木位里、丸木 俊夫妻。そこで二人ははじめて「浄土が垣間見え てきた」と語る。それは美しい二人の娘が丸々とした赤ん坊をいだく、第二の水俣の図「水俣の女人 像」へと結実していく。 第23回毎日芸術賞受賞/第6 回くまもと映画祭大賞/優秀映画鑑賞会特別推薦/日本映画ペンクラブ推薦/1981 年度芸術祭参加作品
監督について
1928(昭和3)年12月11日、岐阜県土岐市生まれ。1956年、岩波映画製作所の契約者として、映画の仕事に入る。国鉄のPR映画として企画された『ある機関助士』で監督デビュー、『ドキュメント路上』『シベリヤ人の世界』『パルチザン前史』を経て、1970年より『水俣―患者さんとその世界』など水俣病をテーマに17本の記録映画を連作、数々の映画賞を受賞した。2004年、その最新作『みなまた日記―甦える魂を訪ねて』を発表。近年は、ルサス映画祭(仏)、ロバート・フラハティー・セミナー(米)、イーラン国際グリーン映画祭(台湾)、雲南マルチカルチャー・ビジュアル・フォーラム(中国)に招待されるなど、世界的な評価を確立していた。著書『映画は生きものの仕事である』『逆境のなかの記録』(いずれも未来社刊)、『ドキュメンタリーの海へ―記録映画作家・土本典昭との対話』(現代書館、近刊)など。