これまでの3冊のレビューでもさんざん言われているけれど、彼の「研究」とは自説に都合のいい写真をみつけて、こじつけの説明をすることである。他人による再現性を完全に無視したエセ科学以外のなにものでもない。
また、「きれいな結晶(対称形)ができる=よいこと」という安直な決め付けも相変わらずであきれ果ててしまう。世の中には非対称でも美しいものはたくさんあるだろう。
江本氏は満を持した、と言っているが、これまで提出されてきた批判にまじめに答える気が全くないのがこの本である。トボケ続けることは「満を持す」とは言わないし、開き直りやごまかしは“きれいな”言葉ではないだろう。江本氏はまず自分が「正しくきれいな言葉」を学び直すべきだと思うが、いかがだろうか?
少なくとも、左巻健男『水はなんにも知らないよ』という著作の、真正面からの非難には応えるべきではないか。