現在,法務省で民法典の改正作業が進行中で,順調に行けば数年後に新しい契約法が施行される。だがたとえば裁判員裁判の実施などの法改正と比べても,この改正に対する国民の関心は低い。しかし,民法は市民の日常生活に密接に関わる法なのだから,もっと国民的な議論がなされるべきだ。これを機に「民法とは何か」を考えよう。以上が,本書の意図である。
本書が出る2週間ほど前に,同じテーマを扱った,
・内田貴『
民法改正: 契約のルールが百年ぶりに変わる (ちくま新書)』
が出版されている。執筆者について言えば,この本と本書には以下の共通点がある。第1に,どちらも優秀な(と私が言うのもおこがましいが)民法学者であること。第2に,法律を分かりやすく説明することに意を注いできたこと(大村教授には『
父と娘の法入門』という本がある)。第3に,民法改正に積極的な立場であること。
しかし,内容が重なっているとはいえ,この2冊は民法改正に対する視座も視点も異なっている。だから,両方読んで損はない。標語的に言えば,本書が〈「民法」改正〉という力点の置き方であるのに対して,内田教授は〈民法「改正」〉を重視した書きぶりだ。具体的な違いは以下のとおり。
(1)難易度から言えば,本書の方が高い。どちらも一般向けに書かれたものだが,内田本はちくま新書のために書き下ろされたもので,ポイントを絞って,ですます調で書かれている。対して本書は,大学での講義をもとに書かれたもので,幅広い論点にわたって掘り下げた解説をしている。前者はいかにもちくま新書的で,後者はいかにも岩波新書的だ。
(2)どちらも民法改正問題を扱っているが,内田本は直近の契約法(民法典のうち契約に関する部分)を中心に論じており,改正の具体的な内容にも触れている。一方本書は,契約法の改正のみを扱うのではなく,成年年齢の引き下げや家族法の改正などにも,ほぼ同様のウエイトを置いている。
(3)改正の必要性を訴える部分については,内田本は改正の機能的・実用的な側面を重視する。たとえば,今の民法は素人が読んでもサッパリ分からないので,これを知ろうとすれば専門家に尋ねるなどのコストがかかる。その民法を改正して可視性を高めれば,そのようなコストが削減できる,といった具合である。
一方本書は,より原理的・規範的なアプローチから改正を唱える。たとえば「民法」とは市民の法という意味だが,著者の言う市民とは専門家ではない一般人を指すのではなく,社会的・政治的な決定に積極的に関わる人という規範的な意味を持つ。だからこそ,改正に際しては国民的な議論が必要という命題が出てくるわけである。本書では「原理」という言葉が頻繁に出てくる。
(4)民法を原理的に考えることの結果として,本書はより遠くまで見通す視点を提供する。たとえば,家族法に関しては同性カップルの法的扱いにまで話題が及ぶ(p.148)。本書は,言ってみれば「民法」という広大な平原を見渡すことのできる丘に読者を誘う役割を果たしている。探索のための道具として,巻末には詳細な参考文献が載せられている。
これに対して,内田本は1つの完成された作品という趣をもつ。箱庭的である。自己完結しており,クリアに見通すことができる。
先にも述べたように,内田『民法改正』と本書は,両方買って損はない。だが,今現在行われている改正作業をより詳しく知りたいという人には,内田本をおすすめする。民法とはどんな法律かという点を考えたい人には,本書がおすすめ。