みんな黒髪で(最近は金髪、茶髪もいるが)、似たような顔をし、ほとんどの人が同じ言葉を話して暮らしている日本人は、日常「民族」ということをあまり意識せずに済む幸せな国民である。だから「民族自決」などと気楽に言うが、多民族を抱えて微妙なバランスの下に国家を形成している国々にとっては随分危険なことを口走っていることに気がつかない。しかし、21世紀には急速に人口が減少することが確実なわが国では、遠からず移民の受け入れが現実の問題となってくることだろう。そうなれば民族問題は他人事ではなく、渡来人以来の過去の歴史や、諸外国の状況に学びつつ、賢く対応していかなくてはならない切実な課題になってこよう。
だが、マスコミで切れ切れに報道される民族間の紛争などを理解するには、民族の成り立ち、言語、宗教、歴史上のいきさつなどについてある程度の基礎的な知識が必要である。本書は、歴史学、考古学、宗教学、文化人類学などの研究者9人の手になるもののようであるが、世界の紛争のタネとなっている事柄について要領よく一般的な知識を与えてくれる。
本書から興味ある知識がたくさん得られる。わが国では八百万やおよろずの神と言うが、インドでは、ヒンドゥーの神は3339(無数ということらしい)存在するのだそうである。森喜朗首相は「神の国」と発言して物議を醸したが、インドのネルー元首相は「ヒンドゥー教を定義することはできない」と嘆じたらしい。信仰の違いが民族間の紛争となる例は多いが、多神教の国は他人の神に寛大なようだ。
ジプシーの語源がエジプシャンだというのも、なるほど納得がいった。かつてエジプト出身の民と誤認されていたようだ。ちなみに、最近ではジプシーという語の差別的な語感を避けて、ロマ(民族の自称ロムの複数形。人間の意)と呼ばれているようである。
そんな雑学的トピックスに興じていると、国際貢献の柱として国連難民高等弁務官事務所に多額の拠出をする一方で、難民申請をしようとする外国人をほとんど門前払いにしているわが国のダブルスタンダードがさりげなく指摘されたりする。適切に挿入されている地図(ちょっと小さすぎるのが難点だが)も貴重な情報になっている。
(国民生活金融公庫総裁 尾崎 護)
(日経ビジネス2000/6/12号 Copyright©日経BP社.All rights reserved.)
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