「不和あるいは了解なき了解」の読解で一度挫折してしまい、本書→「不和あるいは〜」の順で読みましたが、具体性・平易性からいって本書を先に一読するとランシエールの概念や思考の骨子がわかりやすいのではないかと思います。
本書は、民主主義にたいする批判(憎悪)に応える、という形式を一応取っています。民主主義は大衆を堕落させ、国家の団結をバラバラにし、自由だけを独り歩きさせる(民主主義の前に「戦後」と挿入するとわれわれにとってはアクチュアルかもしれません)・・・こういった言説が実はプラトン以来の伝統的なものであることを示しつつ、ランシエールはそれをむしろ是とします。それは、そもそも民主主義は抑圧された人々が己の存在を表象し、ある種の暴力・権力をもって主張立てる行為に他ならないからであり、「自然的」な状態の破壊を必然的に伴うからです(堕落、団結をばらばらにする、などがある種の想定された「自然的」状態を想定したうえでなされる事はいうまでもありません)。民主主義とはわれわれが想定するような一つの制度ではなく、こうした表象されたこなかった人々による集合的な申し立てなのです
とはいえ、この申し立ては暴力・権力をはらんだものではあります。一方では堕落、一方では革命(少なくとも、被抑圧者が自分を示し、立ち上がるという意味において)というこの民主主義の権力が持つ二重性において、ランシエールはその危険性を知りつつも、可能性を主張します。民主主義への憎悪へ抗い、民主主義をその根源の意味においてとらえ、支持すること、さしあたり本書の主要な主張はこの点にあるかと思います。
我々の固定観念をひっくり返すような刺激的な著作ですが、難解に感じる理由は、その韜晦な語り口もさることながら、「民主主義」「政治」「公的」などの言葉が徹底して吟味された上で用いられている点でしょうか。このあたりの概念使用はアレントにかなり似ているように感じます。 われわれを取り巻く政治的状況を考える上で、この1冊を読んでいるか否かでおそらく頭一つ分思考の自由度が変わってくるかと思います。そういった意味でも、またランシエールのほかの著作への導入としても、必読の1冊。