本書はChantal Mouffeの『Democratic Paradox』の訳書である。ムフは、既に『政治的なるものの再興』といった著作が訳され、ラディカル・デモクラシーの理論家の一人として知られている。本書では、彼女の理論的構想である「闘技民主主義agonistic democracy」についてだけでなく、その思想的背景となるカール・シュミットやウィトゲンシュタイン、理論上の論敵であるハーバーマスとロールズ、そして政治的仮想敵としてのブレア政権とギデンズへの言及も議論の中で展開されている。
論文集であり内容に重複が見られるが、そのことを「重ねて議論している」と肯定的に捉えれば、ムフの議論に馴染みのない者には入門書として薦められる。但し、詳細を端折っていて議論の展開が大雑把であるという印象を受けるので、「最良の」とまでは言えない。また、論敵の切り捨て方が雑であり(「合意論」アプローチという括り方自体、理論的というよりはむしろ「政治的」である)、幾つかの課題は依然不鮮明なまま先送りされている。
評価がやや低めなのは、訳書として、ただの変換ミスだけでなく、意味が繋がらなくなる明らかな誤訳があることが無視できないからである。