ハーバー・ボッシュ法を開発したフリッツ・ハーバー(Fritz Haber, 1868-1934)の伝記です。ハーバーはプロイセンに生まれたユダヤ人で、ネルンストが取り組んで失敗した空中窒素固定法を完成させたことで後にノーベル賞をとります。ハーバー・ボッシュ法により、アンモニアの人工生成が可能となり、人工肥料の作成が可能になりました。人口増加に大きく貢献した技術といえるかもしれません(当時は、水と石炭と空気とからパンを作る方法といわれたそうです)。その一方、アンモニアは火薬の原料になるため、プロイセン皇帝はこれにより戦争を決意したともいわれています。科学の二面性が見えます。
第1次大戦では、ハーバーは積極的に国家を支援します。ネルンストが取り組んで失敗した毒ガス製造を引き継ぎ、やはり毒ガスを完成させます。最初は、戦時条約に違反しないように理論武装しながら使われますが、敵からもやりかえされ、どんどん毒ガスも強力になっていきます。条約も蔑ろです。ハーバーは、科学者は平和時には世界に属するが、戦争時には国家に属する、という信条をもっていたようです。最初の妻には自殺され、二人目の妻とも別れ、死後は溺愛していた長男も自殺するというように家庭的にはやや不幸な人だったのかもしれない。
第1次大戦後は、ドイツを救うために海中に溶けている微量の金を集める実験に奔走したり(これは失敗)、研究所の所長として多くの後進を育てたり、日本の星一(星製薬創業者)の招きで来日したりと多忙な日々を送ります。しかし、ユダヤ排斥を掲げるナチスが台頭し、ハーバーはドイツを脱出せざるを得なくなり、その途中のスイスで失意のうちに亡くなりました。
これだけハーバーが愛国的だったのは、ハーバーがユダヤ人だったからかもしれません。その一方、同じユダヤ人でハーバーとも交流のあったアインシュタインはナショナリズムを嫌っていました。それは、アインシュタインが宇宙論という「国家」を感じない科学をやっていたからかもしれません。
ハーバーは毒ガスを非人道兵器とは思っていなかったようです。航空機の方が非戦闘員を殺傷する可能性が高いからより非人道的だ、みたいなことも言っています。兵器とはそういうもので人道的というのもおかしな表現なのかもしれません。科学についていろいろと考えさせられるとてもおもしろい本です。