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これを読むと「周りにも問題がある」と思う人が多いのではないだろうか。
がしかし、この国はもともと加害者周辺に対する
”民衆による裁き”が根強い訳で、(時に被害者もその対象になる)
それを言ってしまうと、この本はただの下世話な大衆本になってしまう。
どんな宿命があろうと、耐えるものもいれば墜ちていくものもいる。
その境界線はとても重要なものだ。
そんな事をふまえて取材側はこのタイトルをつけたのではないだろうか。
そう信じたい。
逮捕済みの当人への直接取材は無いが、親たちへの長時間にわたる取材や、住居周辺等への徹底取材により、当時のマスコミ取材では見えてこなかった、事件の奥にあるドロドロしたものがくっきりと浮き彫りにされていた。事件のおぞましさと同等にひどい現実ばかりで驚愕の連続だ。
池田小事件を起こした宅間守の父の様子や生活状況は、守本人と似たり寄ったりでひどいすさみようだったし、蕩々と並べ立てる自己流の言い分にも唖然として言葉が出なかった。また、尼崎の虐待事件で、実の子を運河に捨てた女の母親が、この事件について唯一漏らしていた感想は「いくら悔やんでも、オノレのやったことじゃ」。娘を生み育てた母親の言葉としては、あまりにもひどすぎないか。凶悪事件を起こす人間が生きてきた背景を見ずに、事件を語ることはできないな、としみじみ思った。
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