推理小説というジャンルを全小説という別集合から/へと覗きみること。それはたとえば探偵が、一見すると関係を持たない出来事に眼を光らせてみることであり、そうした探偵を作り出す作者の視線をも窺い見る必要が推理小説論の基本姿勢なのだろう。高山氏の、一見山師的ないかがわしさは、知の諸領域を横断する者の博識傍証ゆえに、凡人の知的放棄によって生じてくるものかもしれぬが、彼のマニエリスティックな文体の意義がわからぬ者には他の著作や翻訳を読んだところで同じこと。内容と形式がかくも一致する人は珍しいものだ。やはりホームズ論の秀逸さは誰にも負けないであろう、「見ること」に関する視線の問題が圧巻である。視覚論はどうしても疎外論を通過しなくてはならないものであることがよくわかる。