被害者のストレートな心情が伝わってくる一冊。日本の被害者保護制度、というか保護するという観念の希薄さを感じる。
ただ同時に、なぜ死刑が存在しなければならないのか、感情以上の部分で説得力が弱いように感じる。
死刑制度は人道主義以外にも実質的な問題が存在する。例えば死刑執行官の精神的な負担だとか、
海外の死刑廃止国と犯罪者引き渡し条例を結ぶ障害になっているなどである。
また一方で、端的に言えば「報復も被害者の立ち直りに意義がある」という主張だが、ではなぜ死刑なのか?
なぜ肉刑(肉体に障害を与えたり、拷問による処刑)やさらし首ではないのか?
それらは様々な理由(おそらく一番は「人道的」な理由であろう)で行われていないのだと思うが、
より重い刑罰が遺族にとって意味のある物なら、それらの刑罰を復活させようという議論があった方がバランスが取れていると思うのだが、
なぜ無いのだろう。2人殺すも4人殺すも同じ死刑だ、と開き直る殺人者に思いとどまらせる効果もあるだろう。
人の意識が変わり、価値観が変わり、殺人はいかなる理由でも正当化されないと言うのが
(肉刑やさらし首は野蛮だからやめるべきだ、と言うのと同じ程度に)常識にったり、
もっとも重い刑罰は軽減無しの終身刑であるというのが
(もっとも重い刑罰は死刑である、と皆が考えるのと同じ程度に)常識になる可能性は全くないのだろうか?
死刑が最大の刑罰という前提の元では、無期懲役になったときの遺族の憤りや悲しみは計り知れないだろう。
しかし、だから死刑が必要なのだ、と言ってしまえばそれは循環論だ。
死刑を「肉刑」とも「終身刑」とも「連座死刑」言い換えることができてしまう。
もちろん本書は死刑制度の是非を直接に問う物ではなく、被害者保護の実態を知る上で必読だとは思う。