中原中也ってのは、どんな詩を書いたのだね、と聞かれ、一言も答えられなかった私は、情けなくなって本書を手に取った。
読み終えた私は、なんと答えたらいいのだろうか?
町田氏は「雨が降るぞえ」によせる言葉の冒頭で、こんな風に書いている。――「もの凄く音に敏感。音響派、つってもいいくらい」。『残響』というタイトルは、そこらへんの事情が絡んでいるのかもしれない。中原中也の残した音を三つほど拾ってみる。
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん(「サーカス」)
たんたら、らららら、らららら、ら、(「雨が降るぞえ」)
チョンザイチョンザイピーフービー(「ピチベの哲学」)
なるほど、確かに音に敏感であるらしい。〈チョンザイチョンザイピーフービー〉、とは、なんのことやらわからない。太宰治〈ギロチンギロチンシュルシュルシュ〉を思い出せる音ではあるが、しかし、太宰の場合は、〈ギロチン〉って明言しているからなんとなくイメージがわくけど(実は、わかってないけど)、中原は頭のてっぺんからつま先まで、さっぱり想像つかない。唱えてみれば、なんとなく、愉快になれそう。
なんだか、メモりたくなるフレーズがあった。たとえば、
かくて夜は更け夜は深まって/犬のみ覚めたる冬の夜は/影と煙草と僕と犬/えもいはれないカクテールです(「冬の夜」)
とか、
朝、鈍い日が照てて/風がある/千の天使が/バスケットボールする。(「宿酔」)
とか、
陳述此度は気がフーツと致し/キンポーゲとこそ相成候(「狂気の手紙」)
とか。
町田氏が「情欲」によせた言葉を読み、不遜ながら少し町田氏に親しみを覚えた。私は、妙な夢を見たことがある。その夢というのが、町田氏がよせた言葉の一部に、ほんの少し似ていた、というだけのことなのだが……。
タイトルだけ知っていて、中身を知らなかった「汚れつちまつた悲しみに……」も本書には収録されている。悲しみが汚れる、とはなんだ? わけがわからん! と当初は思っていたのだけれども、町田氏が詩によせた言葉によれば、……
気になった方は、本書をご参照ください。