現実の世界でも、全く正反対の解釈をされて誤解されてしまう不幸な被害者がたくさんいる。それを思い起こさせてくれた第4巻。
イアンはグレッグを理想の父親として信仰していたのだろうか。弟のマットだけがグレッグに愛されず、同じ食卓にいて怒鳴りつけられるのを見ていたイアンが。見て見ぬふりをしていたのだろうか。イアンはただひたすらジェルミを殴ったり蹴ったり首を絞めたりと責め続ける。父親を殺したかも知れない相手として。しかし同時に、現実に何があったのか見ようとしていない。
グレッグの異常性愛行為の苦しみに一人耐え抜いて、ついに耐えきれず罪を犯したジェルミを、私には非難することはできない。ジェルミは母親サンドラを守るために子供の頃からずっと犠牲になり、そしてそのサンドラにも裏切られていたのだ。サンドラは自分の幸せしか望んでいなかった。そのためには息子がどうなってもいいのだ。そのことに本人が気づいていなかったことがますます質が悪い。私はグレッグの末路には爽快感しか感じなかったし、一人の人間として独り立ちできていない子供のような未熟な母親サンドラが巻き添えになったことも、また爽快感を持って受け入れた。それほどジェルミは残酷な行為を受け続けたのだ。孤立無援で。