第二部「腹を切ること」が優れている。
特に、きちんと「これは自分の想像だよ」と断って書き進める殉死前15分間の乃木夫妻のやり取りが出色である。もちろん事実そのままではありえないだろうが、「そうでもありえた」と思え、さらには「そうであって欲しい」と思えるところもある。この最後の8ページだけでも読む価値はある。
それに対し、第一部「要塞」はいただけない。愚将・乃木を印象付けることに力を入れすぎるあまり、不合理が多い。
乃木の無能を示すエピソードに、憶測によるものがあまりにも多すぎる。たとえば乃木の昇進は長州閥の力のみによるかのごとくに描かれる。23歳の少佐昇進まではさもあろうが、同年代の長州出身陸軍軍人が乃木一人でもあるまいに、有力者の子弟でもない乃木が、吉田松陰の弟弟子(しかも会ったことなし)という筋目のよさだけでいつまでも引き立てられはすまい。
それでもはっきり憶測と分かる書き方をしているうちは良いが、旅順攻略戦のクライマックスに向けて俄然、小説の度合いが強くなる。大山巌が児玉源太郎に託した指揮権委譲の密書は明らかに創作である。創作は創作と分かるように書かなければいけない。(密書という性格上、存在した可能性を否定できないが、現物のみならず、それに言及した一次資料もない以上、創作である。)その他にも首を傾げたくなるところは多いが、このあたりのことについては多くが語られているので、これ以上は書かない。
乃木の形へのこだわりの描写と内面の痛ましさの分析が見事であるだけに、無理にでも貶めようとする感情的な筆致を抑えていれば、人物像を一層くっきりと浮かび上がらせ、より深い読後感を残すものになったであろうと残念である。