フランスの作家ゴーチエ(1811-1872)による幻想的・怪奇的な作品集。長編小説『モーパン嬢』の序文では、功利主義的文学観を批判し「芸術のための芸術」を主張する唯美主義を唱えた。
本書では、やはり表題の二編、特に「ポンペイ夜話」が強い印象を残す。
「オクタヴィヤンは、まぎれもないその日の朝、博物館の陳列棚のガラス越しに押型を眺めた、あの美しい胸が、自分の心臓のうえで烈しくときめくのを、まざまざと感じた。」
元来は画家を志していたゴーチエの文体は、絵画のように絢爛で、恰も描写されている物が読者の肉体を圧してきそうなほどに造形的・肉感的だ。「ペンで描く画家」と評された所以だろう。「文体で絵を描く作家」とも云えようか。
この作品集の中でも、美は現実の中には無い、と繰り返されているように思う。現実は醜く厳めしい。実生活は卑小である。
「オクタヴィヤンはというと、彼は現実にはほとんど魅惑を感じないと告白した。・・・。すべての美人のそばには散文的で不愉快な付属が多すぎるからだ。・・・。彼は恋を日常生活の環境からさらって、星の世界に移そうと望んでいた。」
美は、この世ならぬ"何処か"に在る。本書に収められた美の幻想譚が、死や恐怖や狂気と隣り合わせであるのもうなずける。