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死者のゆくえ
 
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死者のゆくえ [単行本]

佐藤 弘夫
5つ星のうち 4.5  レビューをすべて見る (4件のカスタマーレビュー)

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商品の説明

内容紹介

「私はこの本において、そうした既往の研究の伝統と成果を踏まえながら、改めて日本列島において死がどのように取り扱われてきたかを考えてみたいと思っている。その際、著名な思想家を取り上げてその人物の死生観を再構成したり、死を論じた各時代を代表する著作を羅列したりするといった方法はとらない。本書が目指すものは、特定の知識人の死生観ではない。それぞれの時代の人々が共有していた、死に関わる観念の解明である。
この列島に住む大方の人間が、死をいかなるものとして捉えていたのか、死者をどのような存在とみていたのか、それが時代とともにいかに変化していったのかという問題を、世界観のレベルで総体として明らかにしていくことである。体系化された頂点思想としての死生観は、そうした時代思想のなかに位置づけて、はじめてその意義を理解することが可能になると考えられる。」(本書「序章」より)

著者について

東北大学教授/1953年生まれ

登録情報

  • 単行本: 252ページ
  • 出版社: 岩田書院 (2008/3/31)
  • 言語 日本語
  • ISBN-10: 487294500X
  • ISBN-13: 978-4872945003
  • 発売日: 2008/3/31
  • 商品の寸法: 21.2 x 14.8 x 2.6 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.5  レビューをすべて見る (4件のカスタマーレビュー)
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By 青ち
形式:単行本
「日本人の死生観」と簡単に括ってしまうと、見えなくなるものがある。

著者は、日本各地の死にまつわる現場に足を運びつつ、また各種の史料や歴史学考古学の成果を踏まえつつ、日本列島に暮らした人々の死者観念の変化を古代から中世・近世・近代へと時代を追って描き出していく。それは、「日本人の〜」という安易な括りを許すものではなく、きわめてダイナミックな変容を遂げているのである。

ちなみに、著者のこうした精神史研究が優れたものとなる所以は、古墳や板碑・霊場といった今に残る遺物遺構や文献史料を踏まえて実証的に考察するにとどまらず、経験的に実証することのできない死者観念や世界観の系譜を説得的に描き出す点にある。したがって本書は読み物としてもたいへん魅力的であるし、終章で著者自身が試みているように、他のフィールドや学問分野との対話の可能性を大いにはらんでいる。宗教学や日本史といった分野以外の関心を持つ人にも広く勧めたい好著である。
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形式:単行本
日本人の死生観、縄文時代の住居と隣接する広場に遺体が埋葬された時代。
古墳を造り、呪術的な所作を施した古墳時代。

後には、平安京郊外の化野などに、遺体が遺棄された。

我々が当たり前に考えている埋葬の理念も時代と共に著しい変遷があった。
もの凄い労力をかけて造営された古墳と、貴人でもどこに埋葬されたかわからない中世の情況では、
あまりギャップが大きく、この間に何があったのか興味が持たれます。

仏教伝来と火葬が広まり、散骨されたり納骨された中世。

現代に近い墓石を営んだ寺院に埋葬された江戸時代。

著者は客観的に追いかけながら、日本人の死の観念を見つめています。

学術書の割りに、読みやすい構成で値段も手頃ですね。
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形式:単行本
「死者のゆくえ」は日本思想史研究家・佐藤弘夫氏(東北大)の著作(岩田書店)であるが、わが国における死後世界・墓碑建設の歴史的変容と今日的意義について とても要領よく纏められている。

家族単位の墓碑を建てるようになったのは最近のこと(佐藤氏によれば戦後)らしい。日本の古代(奈良時代)では人々の死後世界は省みられなかった [天皇だけ墓(天皇陵)が建立された]という。

中世(平安・鎌倉時代)には死後浄土世界に往生することが理想とされ(往生を遂げればこの世に戻らない)現世の世界観が矮小化された。仏教の普及に伴って、仏(本地)がこの世の衆生を救うために神・弘法大師として顕現(垂迹)すると考えられた。
遺骸が白骨化しても霊魂は悟りを開かない限り遺骨と一体化してこの世に留まっている。そのため霊魂の救済のため遺骨を霊場に納め垂迹の力のよって彼岸に送り届けてもらうわけだが、その影響は納骨の風習として現代にも及んでいよう。

近世(室町・江戸時代)に入り現世利益の追求が拡幅し、浮世の生活を楽しみ 死後もこの世の一角に眠って子孫と交渉することを願うようになった。
近代・現代では神仏の住む世界は更に縮小され、無神論を標榜する人々すら珍しくなくなってきた。

世界的に見て、埋葬の慣習は様々な形をとっている。インド人にとってガンジス河は遺骸を流すと霊魂は水脈を遡及して天の世界に帰ってゆき、チベットでは鳥葬により鳥と一体化した死者の魂は天に昇ってゆくと信じられているという。墓を残さない葬式の風習は、その風土固有の世界観である。わが国でも古くは一般庶民の葬送が風葬に近い形態をとっていたとの示唆がある。

死の観念と墓地の関係でいえば、墓の形も変容してゆく可能性がある。
最近では自然葬や樹木葬のごとく、遺骨を海や山に散骨(古く「万葉集」に見られる)したり、墓地に認定された里山に遺骨を埋納(墓標など建てない)するようになってきた。
現代は墓と故人とのつながりが希薄になりつつあるようだ。若い人々の墓参の習慣が重視されず、核家族化・少子化の進行により古い墓地の荒廃を招くことが懸念されているのは当然だろう。
死者を偲び迎える舞台装置として故人の写真を額に入れる、故人の遺骨をペンダントに入れる、骨を高熱処理したセラミック製置物を置くなどの「身元供養」が流行し始めているともいう。時代の流れと言うべきなのだろうか。

昨今の葬式や墓地のあり方を見るにつけ、商業主義が先行してケースが多い。死をめぐる精神構造の歴史的推移と思想内容の変遷について学び、葬式と墓地のあり方について考えられるところ多かった。
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