映像作家の森達也が死刑制度を考えてインタビューや取材を重ねる。序盤から中盤に掛けて、色々な取材を重ねていくなかで、死刑廃止の意見が理論的には、優位に展開していく。
しかし、終盤で犯罪被害者遺族の「(加害者・犯人と)同じ空気を吸いたくないんだ」という絶対的な拒絶の前に積み上げてきた、死刑廃止の理屈がふっとんだ印象を受けた。
森氏もその感情にかみ合った反論ができないことを解りつつ、対話を続けた。本書の最後では、やや迷走気味ではあるが、「僕は人を救いたい」と、敢えて「感情的」に訴えて死刑廃止を主張している。
死刑制度を考えるきっかけとしてお勧めしたい本です。遺族との会話以降、迷走気味になりますが、その過程も含めて参考になると思います。
印象的に残ったのは「遺族」と「世間」の関係について。登場した「遺族」は皆、何らかの局面で「世間」から孤立感を感じている。「世間」には報道なども含まれるが、いずれにせよ、「死刑制度」存置8割が「世論」とのことだが、その「世論」が「遺族」を支える形で作用していないのは確かである。
実名で登場して、当該加害者を名指しで「死刑にすべき」と主張する「遺族」と匿名である「世間」との間には、「死刑制度存続」以前に大きな違いがあると思えた。
私は実名で顔をさらして、名指しで加害者を「死刑にすべき」と発言はできないだろう。多くの人たちもそうだと思うが、肉親を理不尽に奪われる立場にたった時、それを可能にするほどの「感情」が自分のなかに生まれるのだろうか。正直、私の想像力の限界を超えている。私の想像力の限界が多分、私と遺族との距離だろう。
「遺族」は本質的に「孤独」であり、「少数派」であると思えた。
「遺族」の思いと「世間」、世論の8割が死刑制度存続支持、とのギャップにこそ、死刑制度が存続する本当の要因があるように思える。