光市母子殺人事件の弁護団のボス的存在だったこの弁護士を、私はとても冷やかに見ていた。
その後、森達也のインタビューを受けて、あの事件での弁護は失敗だった、やり方がまずかったということを素直に認めていたので、そこで好感を持った。インタビュアーの力量に負うところが多いような気はしたけど。
それでこの本を読んだ。「まえがき」は好印象。刑事事件の被害者になる方も加害者になる方も大抵は弱い人間だ、強い人間はまずそんなハメにならない、というのはその通りだと思う。そして自分自身も逮捕起訴されるという経験をし、自分も「弱い人間」だと言う。なるほど。
序章は問題の光市事件。なんかもうこれで後を読む気が無くなった。この事件はいちばん最後にしたほうがよかったんじゃなかろうか。
自分の主張に都合のいい話だけを取り上げているように思われる。被告人が遺族を嘲笑した私信とか、赤ん坊の首に紐を「ゆるく」巻いただけならなぜ死亡したのか、そして弁護団が内輪もめして分裂した事等、都合の悪い事実は無視。バランスが悪い。読者の情報力と知性をナメ過ぎだと思う。検察官が「ねつ造」して、裁判官が「決めつけた」と言うけれど、普通に考えればねつ造でも決めつけでもない。普通のケースではないのだと言いたいのなら、刑の減軽につながる普通でない事情(心神喪失とか耗弱とか)を証明すべきだったのに、それが出来なかったのではないか。それどころかドラエモンだのナントカの儀式だの、「荒唐無稽」と言われるに決まってる話を、殺人や強姦の故意を否定するために使って、法廷ではまるっきり被告人の有利にならず(むしろ不利になったと思う)、法廷外では被告人に対する世間のさらなるバッシングを招いた。この結果は常識的な大人なら大体誰でも予想がついたと思う。この人は予想していなかったのだろうか。「現実とファンタジーの区別のつかない母胎回帰の事件であったことが解明された」と本人は言うが、「母胎回帰の事件」って・・・小説に書くにはいいかもしれないが、実際の裁判について言うにはナイーブすぎ。仮にホントにそう「解明された」のだとしても、だから何??それで殺人の故意が否定できるのか?? こんなことを言い切ってるところが独りよがりで稚拙に思えた。イタい。自分の言いたいことを分かってくれなかった裁判官が悪い? もしかしたらそうかもしれないが、自分の弁護のやり方には少しも問題が無かったのか。そういう反省が一言も無いのは残念。
イヤになってしまい後は読まなかった。だからもしかすると、他の事件についての記述は素晴らしいかもしれないです。