読みながら、こんな人たちに読んでもらいたいと思いました。
○「大切な家族の命を奪われた被害者遺族の究極の目的は加害者の死刑である」
○「増加する凶悪犯罪から社会を守るためにも死刑は是非とも必要である(必要悪である)」
○「冤罪の可能性があるから死刑は廃止すべきである」
○「国連も死刑廃止を日本に勧告しているし、また、死刑廃止が国際社会の趨勢なのだから死刑は廃止すべきだ」
○「出版社があの『週間金曜日』だから、きっと『サヨク』的な本に違いない」
(「中立」ではなく)第三者の視点から制度として、たとえ「凶悪犯」の命であっても、今この世にある「この命」を救いたいと死刑廃止を主張する森達也氏。他方、100人以上被害者遺族を取材した経験から、被害者遺族の想いをできるだけストレートに伝えることが自分の使命だとする藤井誠二氏。
死刑制度については、(不遜にも)自分もある程度は勉強してきたつもりでしたが、お二人とも存置と廃止双方の論拠を本当に深く勉強されているなと感じました。仮に、存置論者の藤井さんが廃止論者の立場で議論をしたとしても、いい加減な死刑存置論者など簡単に論破されてしまうでしょう。
「人は憎しみを克服して赦すことができる」とか、「遺された家族の気持ちを考えろ!」などという善意からだとしても安易な言葉が、いかに遺族の気持ちを傷付けているかを知りました。都合良く、かつ、分かりやすく編集されまくったワイドショーを見たくらいで理解できるほど、被害者遺族の苦しみは生易しいものではない。
色んな論点で意見が食い違うお二人ですが、共通点もあります。「可哀想な被害者」vs.「許しがたい被告人・悪人を守る弁護団」という、分かりやすい構図を作り上げ、イメージに合わない映像や発言は報道しないマス・メディアと(第6章)、冤罪を反省しようとしない警察・検察・裁判官の責任(第7章)については、どちらが語っているのか分からなくなってしまうほど意見が一致します(本文でも触れられているけれど、医療ミスで業務上過失致死罪で起訴された医師と、都合の悪い証拠に目をつぶり冤罪をでっち上げ、無実の人間を刑務所に入れた警察・検察官の過失の度合いを比べてみれば、どちらが強い非難に値するかは一目瞭然だと思う)。
たとえ本書を読む前と読んだ後とで死刑制度に対する読者の結論が変わらなかったとしても、読んで損はない。「サヨク」「ウヨク」とかレッテルを貼って思考停止せず、また、死刑存置論と廃止論、全否定や全肯定に陥ることなく、それぞれ立場のどこが正しく、どこが間違っているのか、それらを考えることがより大事なのですから。