”現代的”と呼ばれる事件は、概して大小の物語を大衆の好奇心によって生成される。非常にプライベートな事柄でさえ、”悲劇”という皮をまとえば事件の断片として明かされ、幾重にも犯される。
この著者は、一切の感傷を含まずに、そこにある死体と向き合う。犯人への憎悪を隠しきれない記述も見られるが、決してそれを前面に出すことはない。あくまで、そこで呼吸をしていた人体を物質として語る。血と肉と皮と臓を一つずつめくりながら、誰かが情報として語った物語をニヒリスティックに解説する。ただ、そこにある現実。
情報が無数に乱立する現代の中で、安易な物語に回収されることを拒む稀少な一冊である。決して新書というコンパクトな形態に表象されない冷徹で静謐な一つの眼球が光っている。