批評家スーザン・ソンタグがMDS(骨髄異形成症候群)にかかってしまい、そこから必死に生きようとして力尽きる母の姿を綴ったドキュメンタリー。同じような状況はメイ・サートンの小説、『総決算のとき』でも描かれていたが、こちらは、まだ生きたいのに時間がなくなってゆく、という痛切な叫びが聞こえてくる。ソンタグの批評家としての顔は知っていたが、そのプライベートについては初めて知ることも多かった。またガンに侵されたときには『隠喩としての病い』を執筆したが、今回は本人ではなく、息子が書いているというのも、闘病の様子が推し量られる。
ソンタグの気持ちをよく表わしている言葉がいくつか紹介されているが、マルグリット・デュラスの「私は無になるという事実と折り合いがつけられない」、エピクロスの「私の存在するところに死は存在しない。死の存在するところには、私は存在しない」、そして一番は、以前どこかで読んだことのある言葉、ジョーン・ディディオンの「私たちは生きるために、自分自身に物語を語り聞かせる」というものだ。「母が作り上げた物語とは、致命的な病いと診断されたところから始まり、医療界のペシミズムに突き当たり、希望を与えてくれる医師を探し(略)、苦しいけれども生命を救ってくれる可能性のある処置を受け、快癒に至るというものだった」。
ソンタグは以前にも病魔を克服したことがあるとはいえ、それでも状況に応じて精神的にも肉体的にも揺れ動いている様子がよく分かる。それでも自分を冷静に見つめようと必死に生きる姿に息子は「母には、自分自身の死に方で死ぬ権利があった」と語る。普段、自分は真剣に生きていないので(普段から死んでいるような状態か?)、いつ死んでもいい気がしていたが、そんな甘えたことは許されないと読んでいて反省させられた。