これまで「テレビを見るとバカになる」とはよく言われてきましたが、果たして本当にそうなのか、根拠に乏しい印象を受けました。
テレビのほかにも、暴力的な映画とか、ポルノとか、インターネットとかビデオゲームの悪影響が指摘されては「そんなの、考えすぎだ」とか「思いこみにすぎない」「”ゲーム脳”並みのトンデモだ」などと反対意見が出され、どちらももっともらしく思えるので、余計判断に困ります。
本書は、フランスにおいてなされた「テレビのクイズ番組収録という状況設定下で、人はどのような振る舞いをするか」についての実験の、レポート報告です。
クイズ番組の詳細については他の方が書いていらっしゃるので、私が感じたことを書くと、
「その場の状況に飲み込まれるパワーというものは、テレビにおいては自分が考える以上に強力らしい」ということです。
被験者は様々な反応を示します。嫌悪感を露骨に見せる人、様々な形で司会者に反発する人、葛藤を抱えながらも最後までクイズを続ける人、・・
この本に紹介されているのは、私たちのような普通の人が「いざそのような(権威を受け入れることを強制されるような)状況におかれたときに、どのような反応を示すか」という見本でもあります。果たして自分だったらどう行動するだろう、そんなことを考えながら読み進みました。
テレビ番組収録という状況下、8割以上の人が最後まで続けたという事実は、それなりに重いものがあります。
最近では「仮想空間と現実との区別がつかなくて犯罪をおかす」という言い方がよくされますが、決まって「そんなの、区別がつかない本人が悪い」という意見が出ます。しかし、この本に示された事実を頭に入れておくと、果たして「全て本人の自己責任だ」で済ませられるのかどうか、ちょっと立ち止まって考えたくなります。
今回の例はテレビについてですが、少なくとも私は、「自分はテレビになんか影響されない」という思い込みだけに頼るのは危ういと思いました。
これも本書に書かれていることですが、「自分はテレビになんか影響されていない、全部自分で判断して行動した」という被験者も取り上げられています。
「だって、これテレビでしょう? テレビでそんな危ないことするわけないじゃないですか。私は最初から”これはネタだ”と思って電気ショックを出し続けました。だから葛藤なんてありません」
・・でも、もしこれが演技ややらせではなく、本物の電気ショックだったとしたら? しかも事前に「続けたくなかったらいつでも中止できます」と説明を受けていたにもかかわらず・・。
・・恐らくこの人は「自分の意思で致死量の電気ショックを与え続けた」として罪に問われるでしょう。「テレビでそんな危ないことするわけがない」という思い込み、これこそが「テレビ的価値観に盲目的に服従している」ことだと言います。私もはっとしたのですが、「自分はだまされてなんかいない」と強固に信じ込む人ほど、テレビの影響を”疑うことすらしない”ので、もっとも容易に服従するのだ、と。
本書ではこうしたことが詳細に描かれているのですが、実験の内容に分量を割きすぎて、肝心の考察が(翻訳において)削られてしまったので、星一つを減らしました。しかし、テレビの影響を考える、一つの材料にはなると思います。
最後に付けたしをすると、欧米でも低俗なテレビ番組が流行っているということは新鮮な驚きでした。でもその一方でこうした真面目なドキュメンタリーもつくっているので、希望があると言えます。では、翻って日本では・・というと、相も変わらずグルメ番組やら、芸人ばかりを出して安物のバラエティ、韓流スターやアイドルがどうしたこうした、更には「夜のドラマの宣伝を、昼のワイドショーを使って延々垂れ流す」・・。
よく「テレビ制作者の自浄能力に期待」とはいうものの、期待するだけ無駄だと思いました。