「何のために生きているのか」,「自分のミッションは何か」を考えるに当たっては,自分の葬儀をどんなものにしたいかを考えることが有益である。死から生を考える。そのヒントになる良書である。
心に残った箇所は,以下のとおり。
・「がん」の早期発見のために,年に1回の「ちゃんとした人間ドック」(主要臓器をカバーし,PET検査を含んでいるもの)の受診をおすすめしたい。
・死期が迫れば,多くの人間は「ただ生きていること」,その素晴らしさを悟るようになる。けれども,ただ長生きすること,ただ健康であること,それが人が生きる最高の「目的」とは思わない。長生きや健康は,自分の夢や希望をかなえる「手段」であると思う。
・その治療が人を笑顔にするものでなければ,それはまやかしの医療だと思う。豊かな人生を送ってもらう手助けをするのが医療の役目である…残念ながら延命的治療と,生活の質を確保したまま最期を迎えてもらう治療は併存できないことも多くある。それが医療の一つの限界である。
・死ぬ前に後悔するのは,夢がかなわなかったこと,かなえられなかったこと,そのものよりも,むしろ夢をかなえるために全力を尽くせなかったことにあるのかもしれない。…長年一つのことを続けていると,何か良いことがあるような気がする。
・犯罪など犯すものではないと思った。なぜなら,人が見ていなくても,自分は見ている,そして天が見ているからである。だから死が迫ると,その忌まわしい記憶と,天が許さないという恐怖が胸を覆うことになる。
・単なる浅い気遣いではなく,他人に心から優しくしてきた人間は,死期が迫っても自分に心から優しくできるだろう。だから真に優しい人は,死を前にして後悔が少ない。
・坂本龍一「鉄道員」〜「悩みがあるなら旅に行け」「会いたい人なら 会いに行け あの山を越えて 今すぐ会いに行け」
・良い恋愛の記憶は,死出への道を照らすと思う。…恋愛の記憶は確実に最期の日々を豊饒にすると思う。…成功者が絶望し,貧者が悟る。
・子を産み育てるのに費やした莫大な労力と金銭は取り戻すことができなくとも,最期にこの安らぎ〔家族に囲まれて終末を迎える〕を天は与えてくれるのではないかとも感じる。
・人を愛するには,それなりの強さが要求される。
・人生の総括は早めにしておくほうがいい。例えば,「5年ごとに何かしらを残せるようにする!」などと計画を立てて,それを達成できるように生きていくのも良い。
・「生きた証」を残そうとすることは己の生命を奮い立たせることにもなる。生命は朽ちても,己の残したものは,その先にも生きる。それを感じるとき,人の力は増すのである。…「自分の残し方」は人それぞれ。
・自らの「生きた証」が後の人に力を与える。
・スピリチュアルケアの村田理論:スピリチュアルペイン,すなわち生きている意味を見出し得ず,魂の痛みを感じる状態に陥るのは,死を超えた将来の確信(時間存在)と信頼できる家族・友・医療者等の存在(関係存在),及び自己決定できる自由(自律存在)の三つのうちい,一つ以上の要素が揺らぐためであるという理論。
・考えるのは辛い作業だが,人は考えることを運命づけられているのではないかとも思う。…「自分の目で考えることが一番大事である」
・人は自らの経験の範疇を超えて考えるのが困難な生き物である。
・死期が迫るとき,人は必ず自分が歩んで来た道を振り返る。その道こそが,己の財産そのものであり,その道が納得のいく道であれば,微笑みをもって見納め,その先に足を踏み出すことができるだろう。