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死ぬことを学ぶ (新潮新書)
 
 

死ぬことを学ぶ (新潮新書) [単行本]

福田 和也
5つ星のうち 4.0  レビューをすべて見る (3件のカスタマーレビュー)
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商品の説明

内容説明

西田幾多郎、児玉誉士夫、芥川龍之介、太宰治、江藤淳。 死者に直接話を聞くことはできない。だけど、学ぶことはできる。大往生、殉死、暗殺、自殺……先人たちの死の様相を眺め、味わい、思いを致す。福田流「死に方読本」。

内容(「BOOK」データベースより)

生きるも難儀、死ぬも難儀―。敗戦後、日本人は自らの本質について思い煩わなくなった。しかしバブル崩壊から東日本大震災に至る日々の中で、「哲学」の不在を痛感している人は多い。だからこそ「死ぬこと」を学ばなければならないのだ。当人は決して見ることができない人生の決算表はいかにあるべきなのか。大往生、殉死、暗殺、自殺…先人たちのさまざまな死の様相を眺め、味わい、思いを致す。福田流「死に方読本」。

登録情報

  • 単行本: 185ページ
  • 出版社: 新潮社 (2012/2/17)
  • 言語 日本語
  • ISBN-10: 4106104547
  • ISBN-13: 978-4106104541
  • 発売日: 2012/2/17
  • 商品の寸法: 17.2 x 11 x 1.4 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.0  レビューをすべて見る (3件のカスタマーレビュー)
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7 人中、6人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By いせむし トップ500レビュアー VINE™ メンバー
先達が教える「死に方読本」と宣伝文句にありますが、
具体的に言えば、
日本人の死に関する意識、態度を解説した、
いわば「日本人の死の観念」についての著作。

思想家、政治家、文人。
和辻哲郎、児玉誉士夫、芥川龍之介、太宰治、大宅壮一、乃木希典、江藤淳。
日本の歴史を作った偉人や著名人。
彼らの死の捉え方、死に際して何を考えていたか。
克明に心の動きを追いかけている。

特に自死(自殺)に関する福田氏の考察には納得する。
日本人の自殺に関する意識は、
西洋的でも東洋的でもなく、
極めて日本的であることが、
本書を読んで理解できた。

本書は、極めて哲学的な死の学びだと思う。
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13 人中、8人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
玉石の石 2012/2/24
福田和也おなじみの粗製乱造本である。

同じ新潮新書から以前刊行された『人間の器量』が多少好評であったのか、『人
間の器量』が「生き方」なら、今度は「死に方」だという、安易な企画意図が透け
て見える。柳の下にいつも泥鰌はおらぬのである。

この著者の、文体意識と取り違えた自己意識の肥大のために、悪しきケレンやパフ
ォーマンスが鼻につく自己注釈の多い文章は鬱陶しいこと甚だしい。かつての青二
才のパンク右翼も数え五十三歳である。どうにかならぬものか。

この著者のいつもの遣り口であるが、ネタの使い回し(例えば幸徳秋水の挿話は何
度目か)が夥しい。このような職業意識に悖る本を上梓できてしまうのは文筆家とし
て、"恥じらいの如きもの"を欠いている証跡である。読むにたえない。
このレビューは参考になりましたか?
4 人中、2人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By picander トップ500レビュアー
仏文学の世界では誰もが目を背けるフランスのナチ協力文学者(コラボ)を取り上げたデビュー作以来、旺盛な執筆活動を続けてきた著者も50代。日本の政治家、文学者、実業家の死に際を題材にその人物の器量を語るエッセイを上梓するようになったのは、単に著者が死を意識する年齢になったということではないだろう。ドリュ・ラ・ロシェルの「ジル」、ツェラン、保田與重郎、師事した江藤淳の死、軍人や昭和天皇の評伝、、、著者の作品にはいつも死臭が満ちていた。それがようやく本物の死という実体を獲得してきたということであり、ならば今後の著者の評論、評伝が、著者の死生観をくぐり抜けて厚みを増すに違いない。

誰でも、美しく死にたい。だが少しでも生きていたい。死を目前にしたときの、逃れ難い葛藤から自由になる、死に向かいゆく自分をあの世から客観的にみられる、著者のいう人間の器量は、そんなところにある。
そうやって多くの、器の大きい人々の死に様が語られているが、とりわけ川端康成の死に方が際立つ。これまで著者が語ってきた「器量」の大きさとは無縁だ。死に一切の意味を認めない。同時に生きるということの価値も存在していないかのような死に方。
生きている時から、あの世にいた人だったのだ。
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