はしがき
『大阪へやって来て約一週間程たってからである。私は所長室へ入ろうとして
二階に上ってくると、片側の部屋から、話し声にまじってさも愉快そうな笑い声が聞こえてくる。
見ると、大きく窓を開け放たれた、当時の教誨堂に、二十数名の収容者らしい人達が、ワイシャツとズボン、ランニングシャツと
半パンツ、或いは浴衣姿といった格好で、正面の一人の講師を中心に、机の上のノートを前にして、
活気のある討論をユーモアまじりに交わしていた。それは、私がかつて少年刑務所の教官を
していた時の、無邪気な少年と私との間の、和やかな雰囲気と少しも変わったものではなかった。
そばを通った職員に聞くと、それがなんと死刑囚だというのには驚いた。(略)
勿論、彼等の両手には手錠もかけられていないし、警備の看守の姿も見当たらない。』
(何か話をしてやって欲しいと言われ)
『「(略)むしろ、私があの人達から聞かせてもらわねばならないと思っているくらいです。」
私はそう言って、着任の挨拶を簡単に述べたのであった。
あの時から既に四年有余の月日が流れ去った。(略)私の着任の挨拶を聞いていた当時の彼等は、
殆ど今はこの世の人でない。
死刑は正しい刑罰であろうか?
私は矯正職員でありながら、死刑囚のことは何も知らなかった。一般の人が、死刑囚について知らないのはあたりまえのことだ。
私はこれではいけないと思った。そんな気持ちからこの本をまず書き出したのだ。(1953年)』