「死」は明瞭です。
「魂」を語った作者はその中で、「神」などは、「魂」と比べれば、はるかに理解しやすいものであるといっていますが、「死」は「神」よりもさらに明瞭です。
彼女のファンであれば、死は自身の死と、他人の死と分けるべきものであって、他人の死は認識できるが、自身の死は決して認識できず、従って自身の死はないと断言していいものであることは知っているでしょう。
だから、本書はそんな、無い物について語るのではなく、存在するほうの「生」について語られています。どう生きるべきかなんて、たくさん書いてあります。とても参考になります。
なにもやる気が起きないっていう自分を肯定して、覚悟さえあればなんとかなるって、怠け者が泣いて喜ぶような文章までもあります。
また、彼女が「彼」と呼ぶのは、彼女の死後せっせと彼女の著作を再構成し、遺作を生き生きとした形で蘇らすお仕事をしている夫ではないことも判ります。
が、最後に、唐突に「言葉」についての章が出てきて、難解になってしまいます。
何故かというと、これは彼女の最期の入院のためにキャンセルを余儀なくされた、幻の講演の語り下ろし原稿が、メインに据えられているからです。それまでの章は、この最後の講演原稿をより深く理解するために存在している事が最後にわかります。
彼女もコレが最後の仕事って、判っていたでしょうから、生と死っていう簡単な事以外に「でも、生も死も言葉なんです」って難しいことを付け加えざるを得なかったんでしょう。講演原稿の最後は「ちょっと難しかったかもしれませんが、以上です。」で終わっています。